瀬崎祐の本棚

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詩集「脳神経外科病棟505」 清岳こう (2024/07) 思潮社

2024-07-16 22:56:09 | 詩集
93頁に58編を収める。

3年ぶりの詩集であるが、その間に作者は脳動脈瘤という大変な病と闘ってきている。作品は4章に分けられており、術前、術直前から術直後、術後、後日談と並べられている。作者は3回の手術をされたとのことなので、実際の時系列とは便宜上異なっている部分はあるのだろうが、読者にとっては大きな流れを感じることができる作品順となっている。

「Ⅰ」には我が身と同じように病と闘っている同室者を詩う作品も並んでいる。それぞれが背負っている人生を嫌味のないユーモアをまじえて捉えている。根底には同じ場で病と闘っている人への共感と応援の気持ちがある。
そんな中で手術の準備も進んでいく。「施術説明」では、具体的な術式説明を聞いている話者は風にあおられ異物が膨らんでいる帆かけ船となっていく。「右脳左脳の間に分け入り ナビゲーターを使いながら進むのです」、「湖の水をぬきましょう 血瘤を取りのぞきましょう」。

当事者である我が身を客観的に見ており、また、いささか自虐的にも捉えることによって乗り越えようとしている作者の精神力には感嘆する他はない。我が身を首筋を化粧品のセールスレディに褒められてもそれは「生き残っての首」であるし(「首」)、台風の中の病室では「ヘルメットを斜めにかぶったまま手榴弾を胸にだ」いている(「塹壕に横たわり」)のだ。

「Ⅱ」には走り書きのような短い断章の作品もある。いよいよ手術に臨む張りつめた心情が何の飾りもなく伝わってくる。

   熱風の舌になめつくされからめとられ
   今は とらわれの身 沈思黙考するしかなく
                       (「夏」全)

   あっけらかんの青空
   なんとか 逃亡できないものか
                       (「冬」全)

「いざ 決戦」となり、その後に「集中治療室」となる。そして「生まれなおし」をしたのだ。

「Ⅲ」では術後の病室にいる。「ラッキーの作法」では紙一重で変わっていく人生の幸運が描かれている。作中に「ブルーコール」という言葉が出てくる。これは病室などで急変事態が生じた際に医療関係者を招集するための全館放送の符牒である(符牒なのでこれは病院により異なり、あるTV医療ドラマでは”コードブルー”という語が使われていた。”スタットコール”という語を使っている施設もある)。

   ブルーコール ブルーコール ブルーコール
   集中治療室に移されたまま帰ってこない50歳がいる
   入院中の私たちに手放しのラッキーはないのだ

自らも同じ状態におかれていながらのこの創作意欲に感嘆する。
そして詩集1冊分の作品を携えて無事に”病棟505”から戻られたのである。それは厳しい北国の冬の寒さから脱して春が訪れたときの喜びに通じるものだっただろう(「落とし物」「えぐね」)。
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