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詩集「もはや。」 大西美千代 (2024/07) 編集工房ノア

2024-07-13 12:43:04 | 詩集
第8詩集。102頁に28編を収める。

「もはや。」は、「もはや。の後に続く一行を書きなさい」という誘惑的な一行で始まる。この言葉はその状況がすでに間に合わないときに使われる。「もはや。/やりなおしはできない」のか、それとも「こんなところまで来てしまっては引き返せない/もはや。」なのか。取り返すことが出来ない事態、時間。そこにあるのは悔恨なのか、それとも絶望なのか。それは作品を読んでいる者も否応なしに向きあわされる言葉なのだ。そしてこの作品の話者はそれでもなお、そこから始まるものを見ようとしている。最終連は、

   地上に落ちて
   溶けていく無数の回答
   地面を濡らす言葉の力を信じ続ける
   降りやまない光のように降ってくる
   もはや。
   の後に

「眠れない夜」では、話者は深夜の遮断機の前で待っているように言われている。すると突然の雷鳴、稲妻がやってくる。ありすぎる言葉、情報、そして憎しみや欲望が偏ってしまったと地球が身をゆするのだ。「電車は音もなく停まり/扉を開ける」と、

   車両では男たちが血を流している
   男たちはいくつになっても血を流すことが大好きで
   女たちは化粧に余念がなかった

そこには非現実な世界が不意にあらわれるのだが、実はそれは今までの世界との境界などはなく続いている。こちらの世界にいながら話者が見てしまう光景なのだ。見てしまったら、もはや、引き返すことは出来ないのだろうか。

「波立海岸」。波立海岸に向かう話者は「ほんとうは心の奥に向かっている」「ほんとうはあの日に向かっている」と呟く。そして「みなかったことにしよう」「きかなかったことにしよう」と自分に言い聞かせている。これは相当に辛いことだ。もはや、などと言っている余裕もないほどだ。

しかし詩集の最後近くに置かれた「夜明け」では、消え残る星を見送りながら、

   もういいよ
   どこへでも行きなさい
   ふさがれた未来
   ふさがれた過去から
   自由になって

この詩集を作り終えた作者自身が次の世界に向かっていこうとしている作品だった。
繊細な心の揺れが詩集全体に感じられた。
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