瀬崎祐の本棚

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詩集「冬の曲線」 小林妙子 (2024/05) 土曜美術社出版販売

2024-06-21 22:12:52 | 詩集
第3詩集。139頁に32編を収める。巻末に高橋次夫による添え書きが付いている。

「ネジ」は、床にころがっていた一本のネジを詩っている。「なんの企みだろう」と思ったりもしている。それまではあるべきところに収まっていたものが、その役割を捨てて異なる場所にきているのだ。最終2連は、

   いたはずの場所の痕跡
   不在とはこのようなもの
   証拠がのこされること

   ここは部屋
   黄色い花が咲いています

ネジを見つめていた話者の視線が引かれて、ネジのおかれている世界の全体像がぽんと描かれた最後の2行が印象的である。話者のいる場所は”いるはずの場所”なのだろうか。

このように、作品に描かれている具体的な情景は誰でもが思い当たるような、日常的に遭遇するものである。しかしそこから作者は自分だけの“詩”を探し当てている。見事な手練手管である。
「降りた駅」では乗り越してしまったために目にした風景を描いているし、「やって来たもの」では道で出会った猫に、「もしもし」ではすれちがうTシャツの若者に、作品の中で話しかけている。

「逆光」は、隣家へお使いに行った幼い日の情景を描いている。勝手知ったる家だったのだろう、胸までの高さのある縁側にまわったのだが、

   奥を覗くと空っぽで
   真っ黒いだけの深い穴になっている
   仏壇 箪笥 踏台の
   なまえの付いたものが何もない

   開け放たれた障子の先が
   すっかり消えていた

逆光で光から閉ざされていた部屋のなかに見えるものはなく、いわば闇が広がっていたわけだ。それは怖ろしさをも越えてしまった情景で、子供心に虚無のような存在を感じてしまったのではないだろうか。それは初めて体験する感覚だったのだろう。そこに隣人がやってきてドアを開くと、陽がすべり込んできたのだ。その時の自分を今の話者が見つめている最終連が、好い。

   遠くに
   子どもがいるよ
   時間を折り曲げればやってくる
   夏

等身大の風景の中に作者だけの詩の世界が探り当てられている詩集だった。
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