瀬崎祐の本棚

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詩集「トレモロ」 萩野なつみ (2020/10) 七月堂

2021-01-08 21:16:59 | 詩集
 第2詩集。111頁に17編を収める。暁方ミセイ、田野倉康一の栞が付く。

 静かに”今”を言葉で捉えようといている。もちろん、その今の裏側には堆積している過去があり、その反対側には希望と言っていいのかもしれないこれからがある。
 「午睡」では、「かすかにうなずいて去る/うすあおい足音たち」を呼びとめている。それは、はっきりとは名指すこともできないような淡いものなのだろう。ぼやけていく意識のなかで、その曖昧さに身をゆだねながらあなたを慕っている。

   出会いたかったあなたに
   うたいたかった歌を
   まどろみの底に浅く沈める
   いつか
   墓碑を濡らす雨にめざめて
   ほそく立ち上がる
   めぐりの果てで

 尖る部分をまったく排して、それでいながら細く引かれた輪郭はくっきりと感情をあらわしている。

 「あけぼの」は32頁にわたる長い作品。寝台特急あけぼので20:50に上野駅から出発し、6:38に秋田に着くまでを描いている。「たたん たたん」と北へ向かう想念は、過去に呼ばれた話者が、今、帰っていくのだ。

 この詩集の作品では、話者の外側にあるものと内側にあるものが同じ位置で言葉で捉えられている。言葉になったときにその両者の境界は取り払われて、混然と一体になったものとして立ちあがってくる。その陰影が美しい。
 たとえば「夜火」では、午前二時に話者は「朝までに死ぬ鳥の/あおい名をかぞえ」ている。そして「船溜まりにふる雨」や「顔のない影」、「こびりつくさみしい心音」が取りまく。

   流星雨
   孤立した葉脈
   いま
   ただれた声に追われて
   しなやかに巻き取られる
   淘汰された心象
   あけ渡すかかとの下で
   街は白く焦げていく

 見られている街は話者の内側に入り込み、色を失いながら焦げていくのだ。

 こうして、立ちすくむような戸惑いのひととき、今が揺れ動きながら書きとめられていて、その言葉の心地よさを、私(瀬崎)もまた揺れながら楽しんだ。
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