著者と議論する読者が発想を生む 「失敗学」提唱者 畑村洋太郎(68) (朝日新聞 2009.6.30 夕刊)
――「失敗学」は失敗を生かして創造につなげる斬新な分野です。読書法も独創的だそうですね。
本を読むとき、著者とディベートしています。重要なところに赤線を引き、コメントを書き込む。1度読むと、次に赤線を引いたところだけ読みます。読み終える時間は20分の1ですみ、1回目より深い読み方ができます。それを2回繰り返して、全部で3回は読む。最後は著者との議論が終わり、考え尽くしている。1冊にものすごく時間がかかりますが、著者もぼくも及ばなかった考えにたどりつくことがある。読書は知識を身につけるという面がありますが、ぼくは、どれだけのことを考えるかだと思っています。
ふーむ、そういう読み方もあったか・・・。しかし、ディベートとはなぁ。対話くらいにしてくれればいいのに・・・。
これは!と思った本は、少し間をおいて2回読むことがある。そうすることで、新たな発見があったり、その時は見過ごしていたものを拾ってみたりすることがある。しかし、それは絞りに絞る読み方かもしれない。
考え尽くすことで何かが生まれたり、極みにたどりつく読み方ではないかもしれない。
まだまだ読み方は改善の余地がありそうだ。
――「失敗学」は失敗を生かして創造につなげる斬新な分野です。読書法も独創的だそうですね。
本を読むとき、著者とディベートしています。重要なところに赤線を引き、コメントを書き込む。1度読むと、次に赤線を引いたところだけ読みます。読み終える時間は20分の1ですみ、1回目より深い読み方ができます。それを2回繰り返して、全部で3回は読む。最後は著者との議論が終わり、考え尽くしている。1冊にものすごく時間がかかりますが、著者もぼくも及ばなかった考えにたどりつくことがある。読書は知識を身につけるという面がありますが、ぼくは、どれだけのことを考えるかだと思っています。
ふーむ、そういう読み方もあったか・・・。しかし、ディベートとはなぁ。対話くらいにしてくれればいいのに・・・。
これは!と思った本は、少し間をおいて2回読むことがある。そうすることで、新たな発見があったり、その時は見過ごしていたものを拾ってみたりすることがある。しかし、それは絞りに絞る読み方かもしれない。
考え尽くすことで何かが生まれたり、極みにたどりつく読み方ではないかもしれない。
まだまだ読み方は改善の余地がありそうだ。