少し早い昼食に草津名物の「はこずし」を堪能したら、今度は甘いデ
ザートが欲しくなった。ここには昔から良く知られた街道の名物がある。
そう言えば、草津の宿場通りに入ってからは、それとなく注意を払い、
売店を探していたが、ここまで来ても見つけられずにいた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/a1/664bfc1e9022c33632b1daa59134cdef.jpg)
観光案内所に立寄って、窓口にいた男性に、近くで売っている店はな
いかと訪ねてみる。
「宿場の通りには無い、本店か駅に行かないとダメだ」と言う。
歩きの計画を立てる折、一応調べてはいたが、やはりそうであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/8c/b44d3207631a07f1142b197faaac091c.jpg)
以前に車で来た折には、立寄っても居るので、本店が国道沿いの大路
交差点近くにあることは知っていた。
草津宿に入る前、国道1号線を越える「草津宿橋」を渡った折躊躇っ
たが、宿場に入ればどこかにあるのでは?と淡い期待をかけてきた。
往復すれば1㎞余もコースを逸脱するのが嫌だったからである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/c8/a5d82b44a418d89fc2ac87a47def5370.jpg)
近江源氏・佐々木義賢が信長に滅ぼされ、その一族も各地に散在を余
儀なくされた。その中に義賢の三歳になる曾孫もいて、滅ぼされた際、
乳母である”福井との”を招き、ひそかに後事を託したと言う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/fc/887e5209ffa5a0a9d85b563dd79ddb16.jpg)
乳母は郷里草津に身を潜め、幼児を抱いて住来の人に餅をつくっては
売り、養育の資として質素に暮らしていると、周囲の人たちは乳母の誠
実さを感じて、誰いうことなく「姥が餅」と言いはやした。
その形は、乳母が幼君に奉じた乳房を現わしたものと言われている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/19/d010919ee9390b32185fef01b6589f72.jpg)
こうして永禄年間(1500年代)に「うばがもち」は誕生し、以来400
年以上、草津宿の名物として知られた餅菓子となった。
予定の歩きを終えた帰り際に、草津駅に立ちよるより仕方なさそうだ。
それまでもう一つの草津名物はお預けだ。(続)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/f0/a42f388754b74aa447048e398f1f89be.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/c5/608a98fcd1340cbecac4921275227ec4.jpg)
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ザートが欲しくなった。ここには昔から良く知られた街道の名物がある。
そう言えば、草津の宿場通りに入ってからは、それとなく注意を払い、
売店を探していたが、ここまで来ても見つけられずにいた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/a1/664bfc1e9022c33632b1daa59134cdef.jpg)
観光案内所に立寄って、窓口にいた男性に、近くで売っている店はな
いかと訪ねてみる。
「宿場の通りには無い、本店か駅に行かないとダメだ」と言う。
歩きの計画を立てる折、一応調べてはいたが、やはりそうであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/8c/b44d3207631a07f1142b197faaac091c.jpg)
以前に車で来た折には、立寄っても居るので、本店が国道沿いの大路
交差点近くにあることは知っていた。
草津宿に入る前、国道1号線を越える「草津宿橋」を渡った折躊躇っ
たが、宿場に入ればどこかにあるのでは?と淡い期待をかけてきた。
往復すれば1㎞余もコースを逸脱するのが嫌だったからである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/c8/a5d82b44a418d89fc2ac87a47def5370.jpg)
近江源氏・佐々木義賢が信長に滅ぼされ、その一族も各地に散在を余
儀なくされた。その中に義賢の三歳になる曾孫もいて、滅ぼされた際、
乳母である”福井との”を招き、ひそかに後事を託したと言う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/fc/887e5209ffa5a0a9d85b563dd79ddb16.jpg)
乳母は郷里草津に身を潜め、幼児を抱いて住来の人に餅をつくっては
売り、養育の資として質素に暮らしていると、周囲の人たちは乳母の誠
実さを感じて、誰いうことなく「姥が餅」と言いはやした。
その形は、乳母が幼君に奉じた乳房を現わしたものと言われている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/19/d010919ee9390b32185fef01b6589f72.jpg)
こうして永禄年間(1500年代)に「うばがもち」は誕生し、以来400
年以上、草津宿の名物として知られた餅菓子となった。
予定の歩きを終えた帰り際に、草津駅に立ちよるより仕方なさそうだ。
それまでもう一つの草津名物はお預けだ。(続)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/f0/a42f388754b74aa447048e398f1f89be.jpg)
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