遍路の楽しみと言えば、辿り着いた宿での夕食のひと時だ。
多くの遍路宿では、一つ部屋の大きなテーブルを囲んで、お互い見ず知らずの者
同士がワイワイガヤガヤと賑やかに箸を動かす。
こんな時の話題と言えば、やはり道中の難儀話と宿の良し悪しが中心となる。
そんな会話から得た情報によると、ここは誰もが一様に口を揃える評判のいい宿
である。
80も半ばが近いと言う“名物おやじ”が本当にいい味を出している。
夕食が一段落した頃合いを見計らい、翌日の雲辺寺登山の道案内が始まる。
手作りの資料を手に、まるで紙芝居でもするような流暢な説明は、たちまちその場
を一つにしてしまう。そうしている間にも、ご飯や、汁物、ビールの世話をして、周り
への気配りも忘れない。
「菅前総理がSPを連れて泊まった折、満室で泊まれなかった秘書が大そう喜ん
でいた」などと、面白おかしくエピソードを聞かせてくれる。
「今までに泊まった一番の有名人は?」との質問には、「あんたが一番の有名人じ
ゃ」と見事に躱し爆笑を誘う。
壁一面に張られたはがきや写真が、その人気を無言のうちに物語っている。
数年前に奥様を亡くされ、屋台骨を失い存続が危ぶまれた時期も有ったらしいが、
今では博多から戻られたと言う息子夫婦が継いでいる。
部屋数7室、定員も10名、風呂も一人しか入れない狭いもので、決してきれいとは
言えない小さな民宿だが、ここ「民宿・岡田」は、けだし名宿である。(続)
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