いろはに踊る

 シルバー社交ダンス風景・娘のエッセイ・心に留めた言葉を中心にキーボード上で気の向くままに踊ってみたい。

我が子を思う母心!

2010年05月17日 08時06分45秒 | 兎に角書きたいの!
 心温まる文章に接した。そのままを記載したい!

  奈良に来ても 伊勢路に来ても 見れば見とれぬ母ある人の母伴う
    故吉川英治氏の母を恋うる歌である。

 母のある人は幸せだ。吉川氏は幼い頃から貧しさ故の辛酸をなめつくした人である。病身の父と幼い弟妹たちの生活を、母と共に小学生の頃から支えなければならなかった。いっとき「一杯のかけそば」という話題が世間をにぎわしたが、吉川氏自身、そのはるか昔に母とそば屋に入ったことがある。……

 横浜の家から東京根岸の未決監まで、母と二人で歩いて通った。電車賃がなかったのである。道すがら空腹に絶えかねている英治氏を見かけて、母がそば屋に入り、かけうどんを一杯だけ注文し、中身は英治氏に、そして母はその汁だけをすすったという。……

 また、かって大病院の婦長をしていた方の話で「その日は雪が降っていました。もうあと二、三日という87歳の方でしたが、『ほら今日は雪ですよ』とカーテンを開けて差し上げると、『ほんと、きれい。……ありがとう』と嬉しそうに…その夜、息子さんがお母さんのお見舞いにこられました。…息子さんが帰られたあと、しばらくしてお母さんがポツリとおっしやったんです。『無事に帰ったかしら、雪の中を』ー

 御自身の生命の灯が今にも消えようとしているのに、そんな中でも吾が子のことを心配なさっているのです。……

 5月第二日曜(9日)は母の日であった。娘の孫(2歳半)が小児喘息で入院し看護で大変だろうに妻に母の日の贈り物が届けられた。また、妻の母(89歳)からは贈り物へのお礼の電話が掛かってきた。孫は今日17日朝の検診結果で退院の予定である。孫は普段の「わるお」君に戻って看護師さんや母親を困らせているとのこと!
 あらためて母の有りがたさ偉大さを強く思ったところである。
コメント
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