穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

Wとヒトラー、ウィトゲンシュタインの火かき棒(八)

2018-09-28 08:50:58 | ウィットゲンシュタイン

 彼の伝記評伝で大抵触れられているがWとヒトラーは同時期同じ工業高校に通っていた。Wは上級生であった。証言、証拠がないからだろう、触れているのはここまでで両者に面識があったかどうかに言及しているものはないようだ。

  その当時ヒトラーがどういう生徒であったか不明だが、Wは相当目立つ生徒だったに違いない。あの風貌、性格からして目立つ存在だったろう。W家はオーストリアきっての音楽家や画家のパトロンであって、W家に出入りしていた音楽家名を見ると著名な音楽家を網羅している感じである。Wの兄パウルはピアニストで、第一次大戦で右腕を失ったが、ロシア、イギリスの有名な作曲家を含めてヨーロッパの多くの作曲家がパウルのために「左腕のためのピアノ曲」をかいている。

  ルードウィッヒ・ウィトゲンシュタインの五歳の誕生日にたしかメンデルスゾーンが「ルキ坊やのために」という曲を献呈している。Wの父は画家のパトロンでもあった。クリプトに彼の娘たちの肖像画を描かせている。

 ヒトラーは画家になりたいという希望があったらしいから、有名なW家のことを知っていたことはほぼ間違いないだろう。Wとヒトラーが直接知り合っていたかどうかは勿論不明である。

 

 

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