穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

67:殿下の疑問

2021-05-27 07:33:10 | 小説みたいなもの

  新宿駅西口に聳える高層ビルの32階にあるモンスター社の支社長室の広い窓から富士山を眺めながら殿下はほっと深く息をついた。タイムトラベルから帰還後は一週間ほどどうも調子が戻らなかった。どうやら彼の現住所である「イマ、ココ」の自律神経が戻ってきたようだ。今朝は正常にスタートアップして、ようやく人心地がついた思いだ。

 星ダコの勧告通り家族制度が廃止されたら社会はどうなるのだろう。その結果経済はどうなるのか。どんな産業が興り、どんな産業が廃るのか、とどうしてもそんなことに思いが行く。経営コンサルタントの性(サガ)とでも云うのかな、と彼は心の中で自嘲した。

『それにしても妙だな。これまでも星ダコのGHQが家族制度の廃止を勧告したという報道は何回も流れたが、どういう風にするのかと言うその内容は全然流れてこない。国会でも論議されないし、野党も質問や追及をしない。おかしな話だ』と考えなら何か吹っ切れないもどかしさを感じたのである。『そうだ、ひとつ彼女に聞いてみるか』と思いついた。

 三年前、労働組合が三つあり、それが分裂して勢力争いにうつつをぬかしていた経営陣と巴を組んでどうにもならない内紛状態にあった会社のコンサルティングをしたことがあった。年商五兆円の会社であったが、十年来のゴタゴタを取材していた女性記者から話を聞いたことがある。彼女は数年にわたり、会社の内紛を取材してかなり深度のある事情を知っていたので、コンサルタテイションの前準備として彼女から情報提供を受けたのである。勿論有償で。彼女の数回の暴露報道が余計内紛を煽ったということもあったのである。

 一応しかるべき経営改善の報告をまとめ上げて、会社に提出したのであるが、勿論それを実施に移せるような社内の状況ではすでになく、彼の予想通り、その会社は間もなく会社更生法の申告をしたのであった。大体名の通った大企業が一流コンサルタントに相談に来るときにはどうにもならないほど状況が悪くなっていることが多いのではある。よく医者がいうではないか、もっと早く来ていればね、どうにもならなくなってから患者と言うものは来るものですよ、とは彼の義弟の医者の言葉である。

 殿下は大日本産業新聞の政治部に電話した。彼女は席を外していたので名前と電話番号を告げてコールバックの依頼を残した。会社名は告げなかった。

 午後になって多少警戒するようなしわがれた声で電話がかかってきた。

「誰かと思ったわよ。名前だけで思い出すと思ったの」と彼の可聴域を超えた甲高い声で切り込んできた。

「お忘れかもしれませんが、モンスター社のアリャアリャでございます。真実

社の件ではお世話になりました」

「思い出したわよ、貴方の勧告にも拘わらずあえなく会社は潰れたわね。やっぱり奇跡は起こせなかったのね。また新しいカモでも見つけたの」

「これは人聞きの悪いことを仰る」と彼は絶句してみせた。

 

コメント
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