goo blog サービス終了のお知らせ 

散歩者goo 

タイトルのgooは、同名のHPやブログと区別の為付けてます。HPの「散歩者」はこのブログ筆者の私とは全く無関係です。

昨日記140702水(職務経歴書作成 助成金獲得営業の思い出)

2014年07月07日 19時00分16秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴  最高/最低℃ 平均/最低% = 31.6 22.6 62 43  
7月2日は、前日から取り掛かっていた、職務経歴書で行き詰っていた。
2000年平成12年までの職務経歴は詳細まで作っている。
これらは、厚生年金の記録にもある。
その後多くの会社の契約社員やアルバイトを経験した。
それらについては、自己破産するまでのことは詳細な記録が残っていた。

2008年に自己破産したが、その時に裁判所へ提出する自己破産の理由書が必要で、司法書士の先生から支持されたことは、何年何月にどういう会社で、どんな仕事をしてその時の給料と、借金を詳細に書き出すことと指示された。
そこで、家中の古い記録を引っ張り出して、ほぼ完ぺきないつどこでどんな仕事をして生計を立てたか書き出したのだ。
無論英語留学のために行ったアメリカや、民芸雑貨仕入れのため何度か行った、中南米やヨーロッパも何年何月何日にどこに行ったかまで書いてある。
破産申し立ての時は、すべての預金通帳や収入支出の関連書類(給与明細・領収書・パスポートその他関係資料をすべて提出した。)

その中で一部分、電柱の用途確認のアルバイトを3か月ほど行ったが、この記録が抜けていた。
これは失業対策事業で、指定された地域の電柱(関西電力とNTT)のすべての写真と電柱に張り付けられた、ネームプレート(型番 用途その他記載)を写真に収めるというもので真冬に自転車に乗って朝から晩まで、多くの電柱を撮影して回った。

とにかくギャラリー閉店後自己破産するまで、たくさんの仕事をこなした。
一番長く務めたのは、社労士関連の営業で、2年以上続き会社の業績も順当だったが、社労士会から横やりが入り、(弁護士会と同様資格はく奪の強制力を持っている。)社内の社労士と共同で行った助成金獲得サポート事業の営業は、社労士事務所が個人ですることとなり、会社の関連事業そのものが中止になり、順調だった仕事は自然消滅となった。

この時は、住宅地図片手にすべての町工場を中心に大阪市内(城東 西淀川 東淀川)から豊中、尼崎
伊丹まで自転車で回った。
JR宝塚線の尼崎での脱線転覆事故の時、丁度その近辺を回っていて、当日通行規制が引かれ予定通り回れなくて苦労したが、後でそのことを知った。
事故前には、その線に何度も乗って営業に通った。
仕事を始めるときは、直接、担当地域の駅の駐輪場に行き前日から預けてある自転車に乗って、その地域を営業し、その後再び駐輪場に預け、報告とミーティングのため帰社するというパターンで仕事をしていた。
その時は、様々な町工場の社長と会って話をした。
無論、頭ごなしに断る人も多かったが、定年制延長の助成金のメリットを説明すると、うまく制約に結びつくこともよくあった。
その中には、対応と説明が丁寧だったので、私の勤務先の会社の社労士との間で顧問契約を結ぶ会社もよくあったようだ。

その会社に勤めて、様々な社労士や行政書士の業務を知ることができた。
企業には、多くの高額の政策誘導の助成金がついているのだ。
そのことを、不勉強な社労士は知らない。
私はこの会社に入り、営業してそのことを知った。
とあるオーナーが、自社の顧問の社労士に対し、激怒しているのも見た。
その社長は、顧問社労士に電話して、高い金払って顧問してもらっているのに、会社に多くの補助金や助成金がはいる情報を一つも持ってこないとはどういうことや!!とカンカンに怒っていた。
人を雇うときにも、一定のある条件を満たし申請すれば、国から一人雇うたびに会社に対し助成金が下りる。
そのお金は、採用された従業員に関係なく会社に対しての報奨金なのである。
人事関係だけでなく、製品開発その他様々なことに、多額の補助金助成金が存在するので、会社経営する人は良く研究すると当てはまる場合があるかもしれない。
営業して回って分かったことは、多くの町工場や商店主が、そうした情報をほとんど知らないことだった。

また話がそれたが、7月2日になって何とか職務経歴書作成にめどがついたが、随分疲れた。

コメント    この記事についてブログを書く
« 昨日記140701火(職務経歴書... | トップ | FB情報のシェアとメモ   ... »

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。