Goo辞書によると、「諌める」とは、“主に目上の人に対して、その過ちや悪い点を指摘し、改めるように忠告する”という意味で、「諫言(かんげん)」は目上の人の過失などを指摘して忠告すること。また、その言葉とあります。
この言葉の語源は、「折檻諫言(せっかんかんげん)」で、“仕えている主君に対して、臣下が、厳しく諫いさめること”を意味する様です。
この言葉は、漢書の『朱雲(しゅうん)』にある、下記の故事に基づく様です。
“中国前漢の時代、朱雲は、成帝に奸臣を斬るように厳しく諫言したが、成帝は聞き入れず、朱雲を連れ去らせようとしたところ、朱雲が手すりにつかまったため、手すりが折れてしまった”
即ち、折檻とは、本来は、“手すりや欄干(らんかん)が折れて壊れること”で、今はやりの“(子供などを) 厳しくしかったり、こらしめの体刑を加えたりすること”ではないようです。
上に居る者が、諫言を嫌って甘言を歓迎するため、部下がヒラメや忖度が出世の早道と勤しむ霞が関では絶滅危惧の言葉でしょう。(まさ)
※ 正直言って、この項は「言葉の語源など」か「政治関係」の何れに入れようかと悩みましたが、とりあえず「言葉」の方で」処理しました。