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素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

Hさん「フルマラソンはやめる」宣言撤回

2015年02月16日 | 日記
 今日はさすがに体が重い。8時30分から17時30分まで9時間、久しぶりのフルタイム労働であった。京都マラソンを走ったHさんのことも気になったので午後からピラティスのレッスンだけ受けるためにジムへ出かけた。

 トレーニングルームに入ると元気に腹筋運動をしているHさんの姿が目に入った。先月あった大阪ハーフマラソンで古傷の大腿部の関節が痛み長居陸上競技場のすぐ手前で関門に引っかかって完走できず、その後も足の回復が思わしくなく十分な走り込みをしないままの京都マラソンとなった。

 「若い時と違って無理はできませんわ。これでフルマラソンは終わりにします」と周りの人に宣言していた。でもトレーニングをしている様子を見ると昨日のダメージは残っていないように見える。無理をせず途中で棄権したのか?それとも完走したのか?どちらとも判断がつかないままストレッチをしていると「5時間切れましたよ」と頭の上で声がした。Hさんがいつの間にか来ていた。

 「30km過ぎでいつもの付け根が痛くなったのでしばらく歩いたが、ハーフマラソンの時のようにひどくならないので35km手前から走ってみたらいい感じで喘ぐ走者をごぼう抜き、後で記録を見たら時速10kmのペースで走っていた、快感だったですよ。」と満足気に話す。タイムは4時間50分余りだった。Hさんにとっては嬉しい誤算だったみたいである。「マラソンの奥は深い。走り込めばいいというものではない。休養も練習のうちというのがよくわかりましたよ。やめるわけにはいかない。また欲が出てきました」とあっさり『フルマラソンはやめる』宣言を撤回。みんなで大笑いである。

 私とHさんとも天気予報のいい加減さでは一致。最高気温が12°ぐらいまで上がる上天気のつもりでいたらとんでもない。道路表示の温度は5°~9°、しかも時折みぞれが降るという寒さ。

 後半快調に飛ばしたHさんとは逆に、今宮神社までは京都マラソンの走り終わった後をたどるかたちで机上での計算通りに進んだ。しかし、賀茂大橋から河川敷を走るランナーにエールを送った後が大変だった。丸太町通に出て熊野神社へ行こうと思ったが、河川敷から上がったランナーが走っているために東一条通の横断に制限がかかった。横断場所を訊ねてそこは何とか抜けて狭い路地を下って丸太町通に出て熊野神社に着くことができた。時間は随分ロスした。

 熊野神社から岡崎神社は丸太町通を5分ほど走れば良いというのが机上での計算。ところがその間にある東大路通がマラソンコースのラスト2kmほどになっていてマラソン終了までは全面横断禁止。迂回の方法を係員に尋ねてその通りに行こうとしたが、ゴール付近なので走り終わったランナーや応援の人で歩道はぎゅうぎゅう詰め、自転車を走らせることもできず押してそのエリアを脱出するのに一苦労。あとからコース図を確認したが袋小路のようになっていた。動物的勘で最小のロスで切り抜けたことがわかった。

 そのため岡崎神社には予定より1時間弱遅く到着。おかげでスイッチが入り、その後の行程は知力、体力全開モードとなった。17時到着が17時30分になったのは今日の状況を考えれば上出来であった。
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