二週間前、彼は炊き出しに来てくれた。
その四週間前に炊き出しに来た時に「もうここには来ないよ、死のうと思っていた」と話してくれた彼である。
私は「ずっと待っているから・・・」とその時、うつむいたままの彼に言った。
その私の言葉を信じてかは分からないがいつものように炊き出しの列の最期に並ぶようにするために白髭橋の近くで彼は一人で立っていた。
彼は変わらずに何か重たいものをうちに秘め、独りで苦しんでいるようだった。
「良く来てくれました。待っていましたよ」
私がそう言うと、私から目線をそらすように頭をゆっくりとまわし、右手で頭を掻いていた。
「あとでゆっくりと話しましょう」と伝え、私はカレーの炊き出しが配られれるところに向かい、それから、列に並ぶおじさんたちに挨拶をしていった。
列の最期には彼がいた。
私はアメリカ人のケンと一緒にいたが、彼の傍に行き、「どうしていましたか?」と聞いた。
カレーは配り始められていた。
私たちは歩きながら話した。
「いや、もうダメだよ。痩せちゃってさ。あんまり食べられないんだよ」
「そうなんだ、体調が良くないの?」
「もうずっとね、分かっているんだよ。もうダメだって・・・」
「病院には行かないの?」
「行ってもしょうがない。嫌なんだよ」
「そうなんだ、でも、ほんとうに辛くなったら、救急車で行った方が良いよ」
「いや、良いよ。オレさ、ガンなんだよ・・・」
「えっ、そうだったんだ・・・、いつから?」
「もう六年前に分かっていたんだよ。検査で分かってね。大腸ガンってさ。だから、もうガリガリになっている」
そう言って、彼は胸を触り、私にも触ってと欲しいと素振りを見せたので、私も彼の胸を触ると、骨だけであった。
「ね、ガリガリでしょ。もうダメなんだよ。あっ、そうだ。オレ、ガンのこと、初めて言ったよ。今まで誰にも話していなかった」
そこで彼はクスッと少し笑った、それは苦笑いだった。
「自分のケツは自分で拭く覚悟があるから。決めているんだよ。誰の世話にもならないようにするからさ」
カレーを渡している階段の下まで、もう私たちは歩いていた。
「でも、いつも待っているからね。また顔を出して」
彼は階段を昇りながら、私の方を見ずに、片手を上にあげ、返事をした。
ケンにはそれから私たちが話していたこと、彼がガンだと言うことを教えてあげた。
彼は本当に律儀な人で、以前もこう言っていた「もし私が生活保護をもらったら、ここには来ない」と。
だから、彼が自分のケツを拭く覚悟をしているのは嘘ではない。
だけど、初めて自らがガンだと私に知らせたことの意味は深い。
私とケンはそれからしばらく彼のガンの一部の重さを自然と味わっていた、それが祈りに変わっていくことをも感じていた。
彼は今日、いま、どこで何を思っているのか、何を感じているのだろうか、そう思わずにはいられない。