雪月花 季節を感じて

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父からのエアメール

2006年06月22日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 命日に 父に捧ぐ
 
 家を建替えるというので、置いたままになっていた品々を片付けるために久しぶりに実家を訪れた。そのとき母から「懐かしいものが出てきたのよ」と渡されたのが、古ぼけて色褪せた小さな紙袋に入っていた十数通のエアメールだった。みなセピア色に変色して大きさもまちまちで、ところどころ破れかけている。いくつかは外国の珍しい切手でも貼ってあったのか、無理やり剥がしたとみえて、その跡がうす汚れて無残だ。建替えの間は近くの借家に仮住まいをするため、荷造りをしていたら、家具と部屋の壁の隙間に落ちていたこの紙袋を見つけたらしい。それは、わたしがまだ幼な子で、弟が母のお腹の中にいたころ、会社の研修旅行で長期にわたりアメリカを旅していた父から、母とわたしに宛てたエアメールの束だった。

 高校の入学試験が控えていて、そろそろ本腰を入れて受験勉強を始めなければならなかった歳の夏。雨の季節特有の重苦しい鈍色の雲が空を覆っていた日の早朝に、その電話は鳴った。電話と母に起こされたわたしと弟は、身支度もそこそこに自宅からそう離れていない病院の一室に駆けつけた。が、すでに病室の壁もベッドも傍らの椅子も父を覆う布団も、一切が白く空しくなっていて、そこには痩せて穏やかな顔をした父が静かに横たえ、まだいくらか生気の残るくぼんだ目は、もう二度と開くことはなかった。父の母が泣きながら「こんなことになるなら生まなければよかった」と言った言葉に、わたしは何故かとても腹が立って、余計に悲しくなって泣いた。父はわたしに多くのものを遺して逝ったが、わたしはそんなことに少しも気づかずに、連れ合いを亡くした母の気持ちさえ理解しようとしないまま、病床の父に対して思いやりのなかった自分のことばかり悔いていた。

 エアメールを消印の日付順に並べると、父はほとんど毎日のように、訪れた街の様子やその地の出来事をこと細かに絵葉書に書いている。よく見ると、ひとつ書いて投函し、その後すぐに、別の地へ移る飛行機の中で新たにしたためたものなどもあって、父が筆まめであったことに驚く。ちょっと神経質そうな父の手をこんなにじっくりと眺めるのも、初めてのことかもしれない。それにしても、身重の母と祖父母に預けたわたしのことなどすっかり忘れたような楽しげな文面だ。

 「明日はバスで2晩ニューヨークへ行きます。
  道で日本娘の可愛い子に逢って色々話しました」

 「各都市の電気業者の内容は合理化されている点のみ素晴らしい。
  技術は日本の方が上」

 「今夕日本料理店でさしみと茶ワンむしの日本食を食べ、
  ブロードウェイを歩いてきました」

 「昨夜(サンフラン)シスコ名物の路面電車に乗り、
  終点で方向転換の時、電車を客が押して廻します。
  僕も手伝って押してやりました。愉快な電車です!!」

 「ホノルル迄の飛行機の中で書いています。眼下に太平洋。
  アメリカ大陸を離れました。天候は晴。空と海のブルー」

けれども、ほとんどの手紙の末尾には、出産を間近に控えた母と幼いわたしへの気遣いのひとことが添えられている。

 「君は元気か。K子(わたしの名)は? 体を大事に」

 母に言わせれば「半分はお遊びの旅行だったのよ」ということになるが、母が弟を無事に出産した日と同じ日付の消印の葉書には、偶然にも「この手紙が着く頃出産かな」と書かれていたりするのを見ると、当時の父母の仲睦まじさが不意に伝わってきて、ちょっと感動する。

 三十路を迎えたころから、何かの拍子に父の残してくれたものに気づくようになった。読書をしているときには読書好きだった父の言葉を、カフェに流れる古き良きハリウッド映画のテーマ音楽を耳にするときは、映画好きだった父がすすめてくれた映画のワンシーンを。母は「お母さん」なのに、父のことは「パパ」と呼んでいたわたしは、母がしばしば父を叱るほど父に甘やかされて育ったのだった。

 今ごろになってどうしてこのようなエアメールがわたしのもとに届いたのだろう。もしかすると父は、家族四人で暮らしたこの小さな家が、まもなく他人の手で壊されて消えてゆくのが耐えられなくて、こんな手段を使って意見してきたのだろうか。そういえば、母がわたしに荷物を取りに来なさいと電話をしてきたのは、父の命日から数えていくらもたっていない雨の週末だった。


 パパへ。
 わたしは元気に暮らしています。ようやくあなたの深い愛情に気づいた親不孝なわたしです。いつかわたしがあなたのそばに行ったら、あなたの好きな本や映画の話をゆっくりしましょう。そして、いずれまた家族四人がそろうときがくるでしょう。

 そんな日が来るのを楽しみに思った夏のひと日の昼下がりだった。
  
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