これも このところ習いと 門毎に 葛てふ布を 掛川の里
(『夫木和歌抄』より)
よみ人は鎌倉後期の歌人、冷泉為相(れいぜいためすけ、藤原為家の子)。「葛てふ布」とは、秋の七草のひとつである葛(くず)を原料とする布のことです。当時より遠州国の街道筋にて葛布(くずふ)を織り、販売する家が多かったことがこの歌から分かるそうです。葛布の歴史はさらにさかのぼり、古墳時代前期にすでにその使用がみとめられ、また『万葉集』にも葛から糸を引き布にすることを詠んだ歌が複数あります。(参考文献:竹内淳子著『草木布I』)
掛川(静岡県)の葛布との出合いは、国産の草木布ばかりを集めた展示会です。葛布の九寸名古屋帯が二本並んであり、ひとつは生成り色、もうひとつは生成りに朱をさしたような淡い柑子色(こうじいろ)で、太く節のある緯糸の光沢は、かつて柳宗悦が『手仕事の日本』の中で「絹にも麻にも木綿にもない味わい」と形容したように、しずかで、品があり、とくに柑子色の糸にはふくよかな色香まで感じられて、目が離せなくなりました。
職人の厳しい目が、地を這うあまたの葛の蔓から糸に最適なものだけを選り、いくつもの工程を経て糸を績み、機にかけ布にし、仕上げに砧打ちをすることによって、葛布ならではの光沢を生みます。韓国産の安価な葛布に圧されて一時は衰退したものの、もう一度自分たちの手で作ろうと数人の職人さんたちの地道な努力によりよみがえりました。
「淡い柑子色のほうを」とお願いしたのは、それからおよそひと月後のこと。川出幸吉商店さんの職人らしく実直なお人柄が、電話をとおして伝わってくるあたたかな対応にも惹かれて、この帯はわたしのところへやってきました。
葛布は紺絣によく映えます。帯の中心に、その糸色を凝縮したかのような朱漆の帯留めをのせるとき、こころにぽっと温かな灯がともります。きものをまとう女性のよろこびでしょうか。