雪月花 季節を感じて

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本を残して逝くひとたち

2006年10月26日 | 本の森
 
 
 霜降の候となりました。週明けの東京に冷たい雨が降り、パソコンに向かうわたしのひざに毛織物のひざかけがのりました。冬どなりの季節もまぢかですね。

 10月27日から読書週間が始まります。いま、みなさまはどんな本を読んでいらっしゃいますか。
 夫もわたしも本が好きで、大きめの本棚はいつもいっぱいです。先日、ふたりで九ヶ月ぶりに本棚を整理して、二十冊くらいの本を古書店に持ちこんだばかり。できるだけ図書館を利用しなくては‥と反省するのですけれども、その古書店に売った本のお金で、夫が池波正太郎の『真田太平記』全十二巻を購入してしまう始末です‥

 義父は家の床が沈むほど本をもっていて、わたしの父もまた読書家でした。父は貧しくて大学に行くお金がありませんでした。高校卒業後の大阪での仕事が決まったとき、唯一の財産だった蔵書を断腸の思いで売り払い、四国から大阪までの交通費と仕度金を捻出しました。そんな父が、ようやく本棚を置くことのできる一軒家を建てたとき、かつて売った本をとり戻すように、世界や日本の文学全集を買い集めました。病に倒れたのちも、病床でいつも本をひらいていた父の姿が忘れられません。
 学生のとき、とつぜん中学時代の恩師から重い段ボール箱が届きました。中には古書がいっぱい詰まっていて、ジャンルは実用書が多かったように思います。送り主は、中学三年のときに父を亡くしたわたしにいちばん同情を寄せてくれていた理科のO先生でした。ご高齢で、段ボール箱が届いた後あまり時を経ないうちに他界されましたから、形見分けのおつもりだったのかもしれません。卒業後も一生徒のことを思っていてくださったO先生のお気持ちが有難く、忘れられない出来事になりました。
 この夏、ホームページを介した数年間のおつきあいの中で、たくさんの貴重なコメントを寄せてくださったSさんが亡くなりました。とつぜんのことで、にわかに信じられませんでした。一度だけお目にかかる機会があり、その折に「雪月花さんは京都がお好きだし、これなら旅にも携帯できるから」と、京都市観光協会が平安建都1200年を機に発行した『観光小辞典 京都』というポケットサイズの本をいただきました。これがSさんとの思い出を語るものになるとは思いもよらず、淋しい気持ちでいっぱいです。


 本ひらく手もとに光とどきゐて 秋はみじかくすぎてゆきたり

 人生のときどきにたいせつなことを教えてくれ、深い愛情を本というカタチで残していった人たちのことを思いますと、いまわたしが手にしている本もまた一期一会のものと思われて、おろそかにできません。悲喜こもごも‥、人と本の出合いは、人と人とのゆたかな出会いを演出してくれるのですね。今後の本とのめぐりあわせにも、喜怒哀楽があるでしょう。

 財政の厳しい福島県の矢祭町では、図書館がほしいという町民の願いを実現するため、全国に呼びかけて古書を送ってもらったところ、なんと三ヶ月で23万冊(!)が集まったそうです。いま地元のボランティアが仕分け作業をしていて、来年一月にはついに町の図書館を開館する運びとなり、町長は「本屋もなかった町を、本の町に変える」とはりきっているそうです。(10月22日付、朝日新聞朝刊「天声人語」より)


 27日から11月1日まで、東京神田にて古本市が開催されます。一年に一度の百万冊もの古書の大バーゲンに、全国の本好きが集まります。この古本市に、もしかすると、かつて父やO先生、Sさんが手にした本が並ぶかもしれない‥ そんな気がして、時間があれば夫と神田まで出かけようと思っています。

 ‥そうそう、今回の絵のメガネは老眼鏡ではありません。念のため。

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※ みなさまの思い出の本、おすすめの本などを雪月花にご紹介ください。
  記事に無関係のものでも、本のご紹介でしたらいつでも受け付けます。

 
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いのちのね (俳画 その二)

2006年10月18日 | くらしの和
 
 空気の乾いた秋日和がつづいています。桜の落葉がすすみ、風にカサコソ‥ と乾いた音をたてるのを聞きながら、秋が深まるのを感じます。頭上を鳥たちがせわしく飛びまわり、木の実をついばんでゆきます。

 今月から始まった俳画のお稽古。第一回の画題は「蔦紅葉」と「巫女人形(みこにんぎょう)」でした。巫女人形は山陰地方のものと聞き、調べてみたのですが詳しいことは分かりませんでした。人形の耳の下から垂れている黄金色の粒々は稲穂です。まるくぽってりした姿と福々しいお顔の巫女人形に、豊作祈願と豊穣を寿ぐ意味がこめられています。細めた目とおちょぼ口だけでほほえみの表情を描くのですけれども、これがなかなかむつかしいのです。稽古の後も自宅で何度も描きなおして、ようやくいくらか納得のいく表情が描けました。単純な線ほど、思うように引けないものです。
 「神人和楽」は、「神と人が和して楽しむ」の意。神とともに収穫を祝う祭礼を、この巫女が仲立ちしてくれるのでしょう。


 ごはんの白さ 胡麻塩ふりかけていただく (山頭火)

 わが家は今週からあきたこまちの新米を炊いています。土鍋炊飯は失敗の連続で、不本意ながら炊飯器で炊いていますが、少々お強に炊き上げても、かむほど味わい出ます。昨夜はこの新米で“秋鮭ときのこの炊きこみごはん”をつくりました ^^

 「秋」の字を「とき」と読むとき、「秋」は“一年”を意味します。「秋」は稲を集めることを表した字で、そのほかに「年」も「歳」も、その字義は稲に関係があるのだそうです。一年を表す言葉がみな稲との関わりから生まれたことを考えますと、わたしたち日本人の暮らしは稲作と切っても切れない関係であることが分かりますね。

 いま、朝日新聞の夕刊に「農村再編 コメどころから」が連載されています。農政改革に直面する米農家の苦境が綴られていて、今後もこのまま国産米の需要が減りつづければ、ブランド米を作る農家さえ生き残れなくなることを知りました。わが家では、今後できるかぎり三食米飯にしようと思っています。
 また、時折コメントを寄せてくださるむろぴいさんのホームページ「むろぴい・ドットコム」に、無農薬、自然農法を生かした奥出雲の仁多町の米が紹介されています。田んぼや農作業のようす、無農薬、自然農法ゆえの稲作のたいへんさも分かりますので、こちらもぜひご覧ください。


 「稲」の語源は「いのちのね(命根)」ともいわれます。わたしたちの暮らしは、米農家の方々のたいへんな労作から生まれた一粒一粒の米に支えられているのですね。
 下は、虚庵さんから教えていただいた詩です。「粒粒辛苦」は、米粒がお百姓さんの辛苦の結晶であることから、こつこつと地道な努力を積み重ねることをいう言葉だそうです。

 「農を憫む」 李紳(中国、唐代の詩人)

 禾(か)を鋤いて日午に当たる
 汗は滴る禾下の土
 誰か知らん盤中の飯
 粒粒皆な辛苦なるを



 稲みのりまるまる肥ゆる巫女の顔 (雪月花)

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ごはんは、たいせつ。

2006年10月12日 | くらしの和
 
 夏の終わりころに秋田のお米屋さんに注文した“あきたこまち”の新米が届きました。「福よ香」という名で、玄米はもちろんあきたこまち100%です。近所の店から買うのでなく、原産地から直接送っていただいたのは初めてだったので、米の入った袋をよく見てみました。使用された農薬や化学肥料の量、生産者の名・顔写真・在所‥等々が明示されていて、米を作り消費者に届けるまでの農家の方々のご苦労が伝わってくるようでした。米だけでなく、実をたわわにつけた一本の稲穂と蕪村の句カードも同封されていました。(上の絵です) 土鍋ですと炊飯器より早くてふっくらと炊けると聞いたので、さっそくこの新米でためしてみるつもりです。

 「雷雨の多い年は豊作になる」と何かの本で読みました。「稲妻」という言葉はもともと「稲夫(いなづま)」だそうで、「陰」である大地と、「陽」の稲夫が結びついて豊穣をもたらす‥という考えは、前回の餅つきと同様に陰陽道に由来するのでしょう。大地に育つ稲と稲夫が結婚をして、米や野菜を作ってくれる‥、神さまのなさることは、なんてダイナミックでロマンティックなのでしょう! でも、この夏は雷雨だけでなく、自然災害もすくなくありませんでした。各地の農作物の作況はどうだったのかしらと心配です。


 最近、tsukinohaさんがブログで紹介されていた本『国民のための百姓学』(宇根豊著、家の光協会 ※)を読み、とても勉強になりました。著者で農業を営む宇根豊博士は、農業が、他業種と同様に生産性と利益を上げるための科学に頼り、「安全」で「おいしい」という近代的価値観のみを追求しつづけている現実を批判し、「農はカネにならないものも生産してきた」という“まなざし”をもとうではないか─ という新しい農学を提唱しています。
 わたしは、この本を読むまで、「ごはんこそ、いのちの糧。だから、ごはんをおろそかにしてはいけない」という思いで台所に立っていました。ところが、宇根さんのまなざしはもっと深いのです。食物が人間の命の糧であるという考えは、「人間の役に立つ」という価値基準のみで食物をとらえた人間本位の勝手な考えにすぎないのであって、「稲が田んぼで育つから、カエルも一緒に育つ。カエルを、‥『自然』と呼んでもいいだろう。つまり、その田んぼのごはんを食べる人間がいるから、その田んぼの自然の生きものが育つのである。百姓は、その取り次ぎをしているのだ」というのです。分かりやすいように、こんな図式も示されていました。

 茶碗一杯のごはん = 3,000~4,000粒の米
              = 3株の稲穂 = 35匹のオタマジャクシ


 35匹のオタマジャクシのほかに、1匹のトンボ、5,000匹のミジンコ、11匹の豊年エビなども育ちます。このように、ごはんが田んぼの自然とつながっていることに気づけば、ごはんを「命の糧として食べる」だけでなく、一歩すすんで「自然を育て、守るためにごはんを食べる」と言い換えることができます。さらに、その自然を作り出すお百姓さんのためにごはんを食べている、とも言えるのです。

 ある農家が、都市計画道路を田んぼの真中に建設する計画に反対するため「田んぼを守ろう」と地域に働きかけたところ、反応がないどころか「減反するくらいだから田んぼなど余っているのだろう」といわれたため、視点を変えて「メダカの泳ぐ小川を守ろう」と言い換えたところ、道路建設反対運動を支援する動きが出てきたそうです。その農家は、地域の住民に呼びかけてメダカの観察会を開き、こう語ったそうです。「この小川のメダカは、田んぼで産卵します。だから、メダカを守るためには、田んぼを守らないといけないのです。でも、この田んぼでとれた米を買ってくれないなら、この田んぼはいらなくなります。‥‥この田んぼでとれた米を買う人は、この田んぼを自分の田んぼと思って、いつでも入っていいですよ」。週末になると、この田んぼは家族連れでにぎわうそうです。宇根さんは、これこそが、人とメダカ(=自然)が互いに助け合う真の「共生」だといっています。
 なんということでしょう。現代の農は、もうお百姓さんの力だけでは田んぼと米を守ることができず、絶滅危機に瀕しているメダカの力すら借りなければならなくなっている─ そんな事実をつきつけられて、わたしは愕然としました。そして、農にたずさわる多くの人たちが、いまもこのことに気づいていないと宇根さんは嘆いています。

 お百姓さんたちは、慈雨が降ると「よいお湿りだ」といいますね。稲の気持ちになれるのが日本のお百姓さんなのです。カネになるもの以外に、たくさんのカネにならないたいせつなもの─“めぐみ”─を、お百姓さんたちは生産性や効率性とは無縁の自然の中で、育んでくれているのです。


 子どものころ、祖母からだったのか母だったか忘れましたけれど、「ひと粒の米には七つの神さまがいるのだから、粗末にしてはいけません」と教えられました。いまのわたしたちは、見えないものへの畏れと感謝の気持ちを忘れかけていないでしょうか。

 形見とて何を残さん 春は花 山ほととぎす 秋はもみぢ葉 (良寛)

 わたしたちが後世に残すべきものは、こういうものではないでしょうか。宇根さんはこの良寛の歌を引いていいます。「実は、こういう四季(自然)は、百姓仕事が支えている。なぜなら、田畑にいる生きものは、すべて、百姓仕事によって育っているのだから」と。

 この国のお百姓さんが手間ひまかけて栽培した米や野菜や果物のことを、あらためて考えてみましょう。わたしは、まずできることから始めようと思っています。国産の食材を使うこと。食事の前に「いただきます」のひとことを忘れないこと。茶碗一杯の米に、米農家の存在だけでなく、自然と人とが調和した美しい田園風景と、そこに生きづく生きものや草花の姿を思ってみること。‥‥


 子育て中のお父さんお母さん、毎日口にする食物のことにすこしでも関心のある方は、ぜひこの本を読んでください。できることなら、『国民のための‥』を『美しい国づくりのための百姓学』に換えて、安倍新首相と松岡農林水産大臣にも読んでいただきたいものです。


※ 『国民のための百姓学』は、雪月花のWeb書店で紹介しています。
 
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月兎

2006年10月06日 | 季節の膳 ‥旬をいただく
 
 本日六日は待ちに待った十五夜というのに、朝から台風の影響で風雨が強く、災害も懸念されます。みなさま、どうかお気をつけておすごしください。


 和菓子製作の教室に一日だけ参加して、お月見用の「うさぎまんぢう」を作りました。

 ♪ うさぎ うさぎ 何見てはねる
   十五夜お月さん見てはねる

 月にはうさぎがいて、臼と杵で餅をついている‥ といいますね。この臼・杵・餅という三点セットにはそれぞれちゃんと意味があります。臼という陰の道具と、杵という陽の道具をあわせて神饌(しんせん、神に供える飲食物ののこと)を生む─ つまり、餅つきそのものが豊穣を象徴的に表しています。これは、中国の陰陽道からきている話なのでしょう。中国では、満月の夜にあの「月餅」を食して厄を祓うそうです。
 では、うさぎは? というと、冒頭の唄のとおりで、月を見てはねます。古くから、十五夜の月は人や動物を狂わせるという言い伝えがあり、うさぎが月を見てはねるのは一種の「狂い」なのだとか。狂うのは神がのりうつって起こる現象で、ここでは豊穣の神である月読命(つくよみのみこと)がうさぎに憑いて豊かな稔りをもたらす‥ というわけなのです。
 満月は「望月(モチづき)」といいますし、「月」の言葉に「憑き」を連想するのも、こんな由来からなのでしょう。満月には不思議な力がありそうです。(ただし、今年は十六夜の十月七日が満月です)


 「うさぎまんぢう」のうす桃色の耳としっぽは羊羹です。目は食紅で描きました。羊羹から型抜きする耳の大きさや饅頭に付ける位置、目の形や大きさで、うさぎの表情はまったくちがったものになるんですよ。(教室の先生のお話では、うさぎの表情はいつも作った人に似るんだそうです。さて、このうさまんはわたしに似ている?かしら‥) うす皮の中には、こし餡につつまれた甘露煮の栗がひと粒、入っています。十三夜(栗名月)にもピッタリのお菓子ですね。一人四つずつ作り、ひとつは教室で試食して、お土産に三つを持たせてもらえました。だ円ではなくて十五夜月と同じようにまぁるい形をしているので、「月兎」と名づけました。
 それにしても、この愛らしい“うさまん”の意匠を初めに考えたのは、いつの時代の誰だったのでしょうね。右の写真は、「月兎、月を見上げるの図」です ^^ 哀愁のただよふ後ろ姿もかわいいけれど、後ろ姿だけだと「あら、白ブタさん?」と思ってしまう‥(笑


 かはらじな知るも知らぬも秋の夜の月待つほどの心ばかりは
 (『新古今集』 上東門院小少将)

 兼好先生は「月はくまなきものをのみ見るものかは。 雨にむかひて月をこひ‥」とおっしゃるけれど、それでも気になる雨雲のむこうのお月さま。せめて、明日の望月をたのみにして、今夜は芋料理を一品作って、食後にうさまんとお茶を楽しみましょう。今年の稔りに感謝しつつ‥
 
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待宵

2006年10月05日 | 季節を感じて ‥一期一会
 
 明日十月六日は仲秋です。
 今年は閏の七月が入ったために十五夜が遅かったですね。
 みなさまのお住まいの地方の天気予報はいかがですか。

 昨日、和菓子製作の教室に一日だけ参加して
 かわいい「うさぎまんぢう」を作りました。
 明日は、その「うさまん」とともに月とうさぎの話をします。

 それでは、また明日。
 みなさまも、どうぞよいお月見を ^^