雪月花 季節を感じて

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紬を学ぶ(二) 幸田文『きもの』

2010年05月24日 | 本の森
 
 染織家のN先生に学ぶ紬織講座の第二回と三回目に、幸田文さんの『きもの』と青木玉(幸田文のひとり娘)さんの『幸田文きもの帖』を読んだ感想や意見を交わす時間があります。『きもの』の主人公・るつ子さながら、独特の感性と視点から鋭くきものを語る幸田文さんに深い感銘を受けたという先生につられるように、両書に描かれた当時のきものや風俗についてじっくりとみなで語り合うひとときは、さまざまな切り口からあらためてきものを見つめなおす機会になっています。

 わたしにとって九年ぶりの再読となった『きもの』ですが、きものに興味を持ち始めたばかりの九年前は、描かれている大正期の風俗が理解できず、読むのにたいそう苦労したのですが、頻繁にきものを着るようになったいま、さらに二度読み返して、ようやく著者の意図がつかめた気がします。


 『きもの』というタイトルのとおり、主人公のるつ子の成長とともにその折々のきもののあり様が描かれてゆくのですが、大震災で焼き出され、家族ともども衣食住の底の底を身をもって知ったるつ子が、次のように考えておもわず吹き出してしまうという場面から、きものというものの原点を思い知らされます。

 肌をかくせればそれでいい、寒さをしのげればそれでいい、なおその上に洗い替えの予備がひと揃いあればこの上ないのである。ここが着るものの一番はじめの出発点ともいうべきところ、これ以下では苦になり、これ以上なら楽と考えなければちがう。やっと、着るということの底がじかにわかった思いだが‥(中略) ‥しかしまた逆に考えると、それほどのひどい目に逢わなければ、着物の出発点は掴むことが出来ないくらい、女は着るものへの妄執をもっている、といことでもある、‥(中略) ‥結局追いつめられれば人と衣料とは、どうでも必要という一点にしぼられ、そこが本当の掛値なしの出発点なのだった。‥

 きものとは着る物、体をつつむ、身を守るという必要最低限から生まれたものであること。この衣生活の原点は、満ち足りてなお必要以上にもとめてやまない現代のくらしからはとうてい思いつかないことですし、先人たちが苦労してつけてくれた衣生活の道筋を、後世の者が感謝のきもちも持たず踏みにじってゆくことへの、著者の憤懣まで聞こえるようです。


 お稽古ごとやお洒落のためであり、“必要”からきものを着ることのなくなった有難い時代に生きるわたしたち。せめて、引き受けたきものだけはとことん面倒をみるつもりでなければ、バチがあたりそうです。


 最後に、もっとカジュアルな感想を。
 “必要”の代表が主人公のるつ子やるつ子の母と祖母、対して“欲望”の権現がるつ子のふたりの姉だとしたら‥、震災によって姉たちにふりかかった恐ろしい不幸は、欲望の行きつくところとして著者が与えた罰のようにおもえ、うすら寒いきもちになってしまう。幸田文さんの文はつよくきびしく、じつはあまり好きではありません。
 

涼をよぶうつわ

2010年05月14日 | くらしの和
 
 日だまりはあたたかいけれど、空気のひんやりとした初夏のひと日。久しぶりに「美しき五月」という文字どおりの清々しい日でしたのに、先週末から風邪をこじらせて寝こんでしまい、楽しみにしていた約束を反古にしてしまったわたし。そういえば、昨年の今ごろも体調をくずしていました。

 病院で処方された薬が効かず、こまめに水分を摂取しても体の熱がとれません。心配して早めに会社を出てくれる主人に買物を頼み、なんとかごはんだけを炊くという、即席のさみしい食卓がつづきましたが、染付けの飯碗に炊きたてのごはんをよそうとき、つめたい磁器の感触が、指先から熱のこもった体にすぅーっと伝わり、なんだかきもちがいいな‥ と、新鮮な発見。


 「衣替えをするように、飯椀も夏向きのものに替えてみよう」

 そう思いたち、いつものうつわのお店でもとめた松葉と麦わら手の飯椀なのです。どちらも、女性の手ならではのやわらかな味わいと、白い肌に浮かぶ藍色がなんとも涼やか。素朴であたたかな土もののほうが好き、とおもっていたのに、いまさら磁器の魅力を身をもって実感したのでした。


宮岡麻衣子さん作の愛用のうつわたち。左は納豆専用?の輪花鉢、右は麦わら手飯椀の高台です。宮岡さんのうつわは高台に特徴があって、江戸期の古いものをずいぶん研究していられるのでは‥と思わせる、美しいフォルムと絵付け。

 ついでにお湯呑みも‥ 主人とわたしそれぞれの好みのものに、替えてしまいました ^^ゞ (左は、主人のお気に入りの郡司庸久さんのもの)



 夏日かとおもえば、遅霜注意報が出るという不安定な気候です。みなさまも十分気をつけておすごしください。