松風に筍飯をさましけり (長谷川かな女)
主人の実家で、義父母とわたしの母をまじえて寛いでいたところへ、鳥打ち帽をかぶった近所のおじさまが、縁側の窓を開けてひょっこり現われました。
「やぁやぁ、みなさんおそろいで」
挨拶を交わし、手に提げていたビニール袋を
「置いてくよ」
と言うので中を見ましたら、その日の朝収穫したばかりという筍です。泥と水滴がたっぷりとついていて、いかにもおいしそう。さっそく、義父母、母、わたしたち夫婦の三世帯で山分けしました。
おじさまの話では、周辺の畑などを荒らす猪に狙われていた筍らしく、
「一日遅れてたら、もうきっとなかったよ」
ということでした。この筍は戦利品です。
「この前は三頭を撃ってもらったよ」
そんな話になって、餌場を奪われた猪の受難だなぁと哀れんでいますと、母が
「猪はウリッコがおいしいのだってね」
「そうそう、ウリッコ、ウリッコ。大きくなったのは硬くてだめですね」
と義母が応答します。
「“うりっこ”って、なに‥」と、主人とわたし。
「あら、ウリッコは子どもの猪のことよ。体に数本の線が入っているから、瓜に似ているでしょう。猪の子のお肉はやわらかいのよ」
なるほど、瓜っ子、なのですね。少々残酷な話ではあるけれど‥
家の庭にも猪の襲来があって、たびたび草や木の根もとの土が掘られてしまうそうです。筍も、収穫しようと掘ってみると、外皮はそのままで中身がすっかり食べられてしまっていた、ということもあったとか。敵(?)ながらあっぱれ!です。
竹の子や猪(い)の子の腹におさまれり
そして、わたしたち人間が猪の子を食す‥ という自然界の食物連鎖。
話ははずみ、筍の皮に梅紫蘇の葉をつつんで吸い出すようにして食べたわね、という昔話(?)まで飛び出して、主人とわたしはめずらしい話を耳にして、ただうなづくばかりでした。
筍や笑ふがごとく湯の煮ゆる (長谷川 櫂)
たっぷりの米のとぎ汁に赤唐辛子を数本浮かべて、弱火でじっくり茹で上げた筍を、油ぬきしてこまかくきざんだ油揚げ、だし汁、お醤油、お酒、塩少々を加えて、白米にまぜてふつうに炊けばできあがり。炊きたて♪の筍ごはんに楓の若葉を添えていただきまーす ^^ 余った筍は、挽肉、さやいんげんと一緒にお味噌で和えたまぜごはんに。
お夕飯、お弁当、お昼ごはんと、おじさまと猪に感謝して、筍飯を楽しみました。