雪月花 季節を感じて

2005年~2019年
2019年~Instagramへ移行しました 

ココア

2014年02月14日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 記録的な大雪となった今月8日、出身高校の同期会が開催されました。わたしにとっては、じつに四半世紀ぶりの同期会。しかも長いあいだ行方不明者リストに名を連ねていたこともあって、少々気恥ずかしいおもいを抱きつつ、用意したきものに袖をとおし、弟の運転する車で会場へ向かいました。大雪による交通機関への影響を避けるために早くから来ていた、それはもうなつかしいばかりの顔、顔、顔‥。これまでの不義理を払拭してくれるかのようなみんなのあたたかな笑顔に迎えられました。

 雪に足止めされ会場にたどり着けない人が続出したため、二年後にあらためて集うことを約し、二次会、三次会、さらに四次会と、夜を徹して語り合った人たちもいたようです。「つぎに会うときは、もう●歳かぁ」「だいじょうぶ、みんな同じなんだから!」 ‥別れぎわのそんな会話がとってもうれしくて、「またね、元気でね」「ありがとう」と握手をかわして会場を後にしました。

 そして今日もまた雪‥。ホワイト・バレンタインデーの昼下がり、ブランデーを数滴落としたココアのほろ苦さが身にしみます。


 

年の瀬に

2013年12月29日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 主人がサッカー観戦に出かけて、ひとりですごす今年最後の日曜日。ひと晩煮汁につけておいた黒豆を朝から弱火でコトコト、じっくり煮ました。ふっくら甘い香りのただようリビングで、スローテンポな音楽を聞きながらこの一年をふりかえります。

 東京から埼玉へ、自然ゆたかな丘陵地のちいさな町に移ってからそろそろ三か月になります。昨日は長いあいだ殺風景だったリビングに、主人とわたしのそれぞれのチェアと、32インチの液晶テレビ、そしてテレビ台として購入した無垢材の板とボックスが入り、ようやく新しいわが家のカタチがととのいました。

 昼下がりのひとときの音楽は、青木隼人さんのギターによる「atelier II」。さいきん見つけたCDショップ「雨と休日」のセレクトから悩みぬいて選んだ2枚のアルバムのうちのひとつです。「雨と休日」はほんとうにすてきなお店なので(実店舗もあります)、みなさまもぜひ訪ねてみてください。

 新年がおだやかで健やかな年となりますよう、願いつつ‥。


 
  

横浜能楽堂

2013年04月21日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 横浜能楽堂が毎月一回実施している施設見学会に参加しました。JR桜木町駅から紅葉坂をしばらく上がると、新緑につつまれた掃部山公園の一角に能楽堂はありました。もとは加賀前田家のお殿さまの所有だった能舞台は、一般的な檜でなく樅(モミ)造りの瀟洒な姿で、関東地方に現存する能楽堂では最古の、およそ140年の歴史を誇ります。鏡板の松に前田家由来の白梅をそえた本舞台と、ふだん見ることのできない舞台裏─鏡の間、楽屋、焙じ室を拝見し、シテの「オマク」の声かけとともに揚幕を上げてみたり、見所ではめずらしい二階席から舞台を俯瞰するなど貴重な体験をさせていただきました。次回は料金も割安で見通しのよいこの二階席から、能楽を鑑賞したいです。

鎮魂の日々

2011年08月17日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 八月に入り、原爆忌、終戦の日、盂蘭盆、それに東日本大震災から五か月の節目と、六月に他界した祖母の四十九日と新盆が重なり、文字どおり鎮魂と追想の日々をすごしています。

 里帰りした友人と久しぶりに会食をしたり、夏休み中の友人と連絡を取り合うのは例年どおりだけれど、あいさつの言葉や話題がいつもとすこしちがいます。さまざまなおもいの交差する夏です。

 ブログをすこし休みました。
 震災後の新聞記事から、パソコンで検索を二回すると、やかん一杯分のお湯を沸かすエネルギーが消費されると知りました。誰もがこのことを知っておくべきだし、パソコンから離れてすごす時間をもちたい。


 主人の里の庭に咲いた桔梗のひと群れの、空の藍や草の緑に染まらない純白が目にしみました。

 堪ふることいまは暑のみや終戦日 (及川 貞)
 

ゆっくりと

2010年12月29日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 漆工芸家の手塚俊明さんから個展来場へのお礼状が届きました。年の瀬に舞いこんだ言の葉に、ふとこころが和みました。

 ‥何事においても結論を急ぐ今の時代、じっくり使い込んでからその本当の良さが表れる漆器は、とても生きにくい時代です。あれもこれも、もっとゆっくり、もっとじっくり‥と思う毎日です。‥

 生きにくいのは漆器だけではないことを、手塚さんは伝えているのでしょう。


 スピーディで画一化された世の中で、あふれる情報を適当にコントロールしたり利用しながら、充実したくらしを送っている。そうおもっていても、じつはその環境や情報にふりまわされていることに気づいていないかもしれません。
 ほんとうにたいせつなものは、くらしの速度をゆるめ、あらゆる情報をシャットダウンしたときにこそ見えてくるはず。にもかかわらず、やはり乗り遅れたら不安になるし、情報を逃してソンをした!とおもってしまうのですよね。

 来年は卯年。だけど、カメさんで生きてゆきたいなぁとおもいます。


 本年もお世話になりました。
 よいお年をお迎えください。
 

奈良の東下り

2010年11月24日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 奈良在住のお友だちが東京に遊びにきてくれました ^^

 奈良をこよなく愛す友人ふたりと東京国立博物館の特別展「東大寺大仏 天平の至宝」を鑑賞する機会にめぐまれ、幸せでした。秋色に粧う上野の森をきものでならんで歩きながら、すぎゆく時間をつくづく惜しんだことでした。(詳しくは こちら へ)

 平城遷都1300年祭のことし、東京で開催された奈良関連の展観にはできるだけ足を運ぶようにしていたから、わたしにとってはまるで奈良が次々に東下りをしてきたような一年でした。
 昨今は当地へ足を運ばずともあらゆる貴重な文化財に触れることができるけれど、何もかもを安易に(東京に)もってくることには疑問を感じるし、展示の方法を工夫すべき点はすくなくないし、できることなら現地へ足を運んで拝することがもっとも大事ということは、忘れないようにしたい。

 朋有り遠方より来る、亦た楽しからずや。
 ブログを通じてつながるご縁は、ほんとうに有難いこと。相通ずるおもいをもつ者同志が自然に寄り合うことの不思議を、かみしめた晩秋のひと日です。


 しをんさんへ。
 しをんさんとかけて、お漬け物ととく♪
 ー そのこころは?
 しをんさんったら、東京にいらしても “奈良漬け” なんだもの~ ^^

 いつの日か奈良を案内してくださいね。


この春、しをんさんから届いた散華のおたよりには、なにより家族をいたわるきもちが綴られていました。
楽しい東京時間はあっという間にすぎて、再会を待つ時間が流れ始めます。「一期一会」という境地には、容易に近づけません。

 

音のTPO

2010年09月17日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 夏からつづいている仕事の息抜きをかねて、邦楽やクラシックなどの演奏会へ出かけています。一流の演奏家の奏でる音には、艶と深みと、そして軽みもあり、目をとじて耳を傾ければいつのまにか身もこころも音色に染められ、別世界を旅するようにただよいます。そこは隅田川の水上だったり、ハリウッド映画のワンシーンだったり、あるいはパリの街角だったり。よい音楽というのはよい読書に似ているな、とおもいながら会場を後にすれば、頭上は広々とした秋の空‥。気分を切り替え、ふたたび仕事に取り組んでいます。



 以前「音楽はいらない」と書いたことがあります。昨今はどこへ行っても音楽(BGM)があり、音楽=サービスの一環とかんちがいしているお店のなんと多いことか‥と嘆くきもちは、いまも変わりません。

 街の雪景色を一望する山荘でピアソラのタンゴを大音響で聞かされたり、竹林の中にたたずむ瀟酒なレストランに陽気なサンバがかかっていたり、そうそう、送り火の点火を待つ夜の会場の拡声器からはお琴の演奏が流れていたっけ。(それで、こころ静かに死者を送ろうなんてムリです。) ‥そんなことはしょっちゅうです。もちろんセンスの問題もあるけれど、たとえ場にふさわしい音楽でも、音量に配慮したお店ってすくない。もしかして、音楽がないと不安なのでしょうか。せっかく日常を離れてすごすたいせつなひとときを、望まない音楽で邪魔されたくないのですけど。

 うるさいことを言うな、と叱られそうですが、あらゆる音のあふれる世の中では、知らぬ間に聴覚や思考まで汚染されてしまいそう。意識して、音のTPOを自分で決めなくてはいけないのかも。



 ようやく訪れた秋です。
 すてきなシルバーウィークをおすごしください ^^
 

夏、バーニーズで

2010年08月11日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 先月から長期の仕事をしています。昨年と同じHさんのお仕事のお手伝いなのですが、昨年とちがうことがひとつあります。それは、もうHさんが会社にいないこと。


 なにかと気の合うHさんでした。語り合うたびに同種の趣味や嗜好を感じて、話がはずみました。といっても、Hさんは常勤、わたしは非常勤ですから、けして多くはなかった機会の中で、いくらか深いところで響き合えたことがうれしかったし、Hさんも忙しい仕事の合間をぬってわたしに声をかけてくれました。

 ところが、六月にひと月ぶりに出社すると、Hさんの退職が決まっていたのです。驚いている間もなく送別会へのお誘いがあり、引き継ぎで大いそがしのHさんに声をかけることができないままその日を迎えました。

 直接退職の理由を聞くこともできず、同僚の友人に後日聞いてみようとおもいながら、六月末にHさんは退職。七月がすぎ、八月になりました。わたしはHさんの残された仕事のお手伝いをしながら、Hさんがいまどうしているのか、新しい仕事はもう決まったかしらと、時おり考えます。


 お別れのしるしに‥とHさんがくださったのは、わたしが十数年愛用しているものと同じバーニーズのハンカチーフでした。やっぱり、趣味が似ていますねと、別れがたいきもちで立ち話をしていたところへ、Hさん宛に仕事の電話が入り、最後の会話は途切れてしまいました。

 Hさんとわたしは、ここちよい距離をたもちながら、ついに交わらなかった二本の線みたいだけれど、不思議にあたたかなきもちが残っています。


 夏、空と海の青に純白の雲が浮かぶ横浜のバーニーズにて。わたしは、一枚のリネンのハンカチーフを買います。ほんとうはHさんに差し上げたかったオレンジシャーベット色の一枚が、わたしのコレクションに加わりました。

イニシャル入りがHさんからいただいたもの。十数年を経ても型くずれしないバーニーズニューヨークのリネンは、以前は麻100%だったけれど、いつからか綿麻になっています。色はきれいな中間色がそろっているので和装にもおすすめ。贈りものにも。

 

神々の音楽

2010年04月23日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 年に数回、コントラバス奏者の知人が所属する交響楽団の定期演奏会へ主人と出かけます。今回は、シューベルトの交響曲第7番「未完成」に、ブルックナーの未完の大作・第9番という構成も楽しみなプログラムでした。


 バブル全盛期に海外からたくさんの著名な交響楽団が次々に来日し、都内に新設されたばかりのすぐれた音楽ホール(サントリーホールやオーチャードホール、東京芸術劇場など)ですばらしい西洋の音楽をたくさん披露してくれたことは、いまでは懐かしい思い出ですが、当時一緒に出かけることの多かった友人が、興奮しながら「交響楽って、音楽家の叡智をきわめた傑作よ」と語ったことが忘れられません。

 叡智をきわめた音楽‥それは、音楽的天才のみのなせるわざでしょうけど、神々の声を音符にしたといわれるモーツァルトやベートーベン、宗教色のつよい今回のブルックナーなど、天才は神との交感によって、生みの苦しみと闘いながら芸術を創出してきたのでしょう。


 ベートーベンが「時に(作曲中に)神が降りてくる」と言っていますが、ベートーベンにして「時に‥」なのだから、たいていの作曲家が交響曲第9番どまりのところ、35年の短い生涯に41もの交響曲を含め700余りもの楽曲をつくり、「わたしの中で曲はもうできている。あとは楽譜にするのみ」と豪語したモーツァルトなら、「しばしば神との交感を楽しんだ」と言うでしょうか。

 ところで、「時に神が降りてくる」とは、一種の悟り、ひらめきの状態?でしょうか。ひらめき、と言ったのは、わたしは悟りは一瞬のものだから、その瞬間をのがさずとらえ、確実な体験とするために修行があるのであって、いったん悟入するとその状態がずっとつづくものとはおもっていないからです。ただ、継続的な訓練によって悟りの回数がだんだんと増えてゆき、「点」でしかなかった体験が、やがて「点線」になり、ついに「直線」になったとき、それが神あるいは仏ということではなかろうか、と考えるのです。‥とまぁ、なにやら神の話から仏の話へと都合よく転換したような具合ですけど、そこは神と仏との間を自由に行き来できる日本人として、大目にみてくださいね。

 えてして神とは気まぐれで、いたずらしたり大暴れしたり、人間に過酷な試練を与えるやっかいな存在なので、時につきあうならまぁ我慢できても、頻繁なつきあいとなると、これは相当ふりまわされて疲労困憊することまちがいなしでしょう。だから、ベートーベンの神経性の病気、モーツァルトの素行の悪さと短命、そしてブルックナーの神経衰弱や奇怪な行動も、当然かもしれない‥ などとくだらないことを考えるうちに、コンサートはフィナーレをむかえていました。

 天才とは、偉大な神とつきあうだけの体力と精神力を備えた超努力家であることはたしかでしょうね。


 すてきな音楽会に案内してくれる友人に、感謝です。

モダンアートや音楽鑑賞の折にしめてゆく染め名古屋帯です。ダチョウのような、色とりどりのふっくりとした鳥たちが列をなして描かれ、まるで軽快な音楽にのって行進しているよう。「鳥の楽隊」帯と名づけて、楽しんでいます ^^

 

悲しみの日に

2009年09月16日 | たまゆら ‥日々是好日(随筆)
 
 すこし不謹慎なお話です。

 おだやかな秋晴れのひと日、主人の伯父(義母の長兄、享年85歳)の葬儀に参列しました。亡くなる数日前まで、毎朝夕の犬の散歩と日中の畑仕事を欠かさず、ふた月ほど前に行われた地域のシニアゴルフ大会では優勝したそうですから、家族や親族にとってほんとうに突然のお別れだったようです。わたしは生前にお会いする機会がなく、ためらわれたのですが、主人の親類ならわたしの親類とおもいなおして出かけました。


 お香典袋にうす墨で主人の名をしたため、喪服とお数珠を用意しながら、ふと生前にお会いすることのなかった伯父との縁について考えてみたのですが、主人と義母をとおして、ようやくうっすらと浮かんでくる影のようなものしか感じられませんでした。

 じっさい、葬儀会場の遺影や、お棺の中のきれいなお顔を目の前にしても、影は変わらず具体的存在にはならなかったけれど、参列者に見送られて荼毘に付され、ひとつ、ひとつと骨上げされるのを見ながら、死を見つめるということが、何かとてもたいせつなことのようにおもえてきて、不思議なきもちになりましたのです。


 もちろん、(人にかぎらず)死に目にあう機会なんてできるだけ無いほうがよいし、遺族のきもちは察するにあまりあるので、大きな声ではいえないのですけど‥ きれいさっぱりと灰になり、骨になり、やがて土に還り、遺された人々のこころにのみ生きることをおもうと、人もまた美しいな、とおもえたのです。

 そして、死をむかえるということが、例外なくみなに与えられた条件であり、誰もそこから逃れられないということ。そのことを身に感じつつ、精進落としをしながら故人をしのび、互いの安否について語り合い、しめやかにお酒を酌み交わすひとときというのもまた美しいな、とおもったのでした。


 ご冥福をお祈りしつつ。