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カラマーゾフの兄弟とぼく

2023年11月01日 | サカタだよ

面白いから何度も読んでいる。19世紀の長い小説で「三大お気に入り」を挙げるとしたら、これと『嵐が丘』と『ボヴァリー夫人』がすぐ思い浮かぶ。何か忘れてるのがあるかもしれないし、どちらかといえば短いのが好きだ。一切の無駄がない文章表現に憧れる少年のころ、初めて読んだ『カラマーゾフの兄弟』は文体が冗長そのものに思えた。推敲してないんじゃないのか、これで名作なのか? と。

言い訳めいた長い序文が済んで「そろそろ本題に入ろう」といってから、本題らしい物語が動き出す前にまた前提を長々と読まされるのがツライ。そこに出てくる人物の名前がまた長いの長くないのって、読み進めながら覚えられる気がしなかった。フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフが重要なのかと思ったら殺害され、その3人の息子たち(先妻の子1人、後妻の子2人)と、私生児ではと噂される使用人を含めて4人の「真犯人かもしれない異母兄弟たち」の疑わしい言動の数々がいよいよ長い本編となる(しかも未完)。関わり合う人たちの名がまた長すぎる。

未完と知りながら読むなんて無謀なのでは? 無謀なことがしたい盛りの少年時代にいちど読んで面白かったもんだから、その後もときどき読み返したくなる。そうじゃなきゃ読む機会が一生なくても不思議じゃない。あっそういえば、いま勤めてる会社(マガジンハウス)の入社試験の会場で、こんな珍事があった。

これは30年前のある日、私が実際に体験した出来事です。入社試験の会場で当日のスケジュールと概要を説明した採用担当の社員が、そこに集まる入社希望の学生らに質問して挙手を求めたんです。「この中にドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』を読んだことがあるっていう人はいますか?」……試験と何の関係がある?

文芸出版社ではないから、あんなもの読んでいようと読んでいまいと関係ないだろうが、たまたま自分は読んでいるし、他にも読んだ人ぐらい大勢いるだろう。真っ先に手を挙げるのは恥ずかしい。ある程度、手が挙がったら自分も目立たぬように挙手しよう。そう考えて周囲を見回しても、ひとりも手を挙げない。まさか……まさか誰も読んでないのか? しかたないから自分ひとり挙手した。

雑誌のテキストなんて、わかりやすく短く面白くまとめなきゃ読まれない。ドストエフスキーのように、ややこしくて長ったらしくて何がいいたいのか根気よく通読したところで、わかるような、わからないような、しかし深淵をのぞくような気分にさせられる文章は失格だ。しまった、『カラマーゾフの兄弟』を読んだことがあるなんてバレたら入社できないのでは? 違うんです……『罪と罰』も『悪霊』も『白痴』も『地下室の手記』も『虐げられた人々』も『死の家の記録』も『賭博者』も手あたり次第に読んでるけど、『カラマーゾフの兄弟』なんて2回も(当時)読んでるけど、どちらかといえば簡明で平易で誤解のない、短くて面白い文章が書きたくて人知れず鍛錬してるのに。

幸か不幸か、悪書の耽読がバレて入社できない結果に終わることはなかった。あれから30年。その間に光文社の新訳が話題になったこともあるし、いま会社にいる人の中で『カラマーゾフの兄弟』を読んだことがある人の割合はどれくらいだろう? とたまに思うことがある。あの人は明らかに読んでない、あの人はことによると読んだ経験はあるかもしれないがどうだろう……廊下ですれ違った後や、同じエレベーターに乗り合わせた後などに、ふと考えることもある。自分ひとりだけだったら嫌だし、どうでもいいことなので問いかけることはない。

 

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