レイアウトさがしにいく夢みたけど、もう入稿済みのページだったし、その企画自体とっくになかった。
ここはあの世かと思ったけど、そんなあの世なんかではなくて、あるのはただひたすらこの世だけだった。
そうそう祖母が生前に作るアイスは四角い型に流し込みカチンコチンに凍らせたやつを温めたナイフで切り分けた、大体こんな見た目のもの……スプーンで口に運び、舌の上で転がしたら懐かしい記憶がよみがえるのではと期待したものの、香料とナッツの使い方がおそらく祖母のレシピにないせいか何ひとつ思い出すことはなかった。
いなくなった猫の鳴き声が聞こえたから帰ってきたのかと思って窓を開けてやりにいったら、窓はすでに開いていたし猫の姿はなかった。
ぼくには年上の従兄がいたが、午後２時20分、巡回掲示板に異状なしと書いたまま消息を絶った。それが何年前の何月何日だったのか、いまでは白墨の文字も記憶も薄れて判然としないし、もちろん何があったのか分からずじまいなんだけど、この話を親戚の集まりですると「お前にそんな従兄はいない」とみんな口を揃えて否定するので、あれは従兄じゃなかったかもしれなかった。じゃあ誰だったんだ一体。
日曜日だから教会にいかなきゃと思ったけど、よく考えたらクリスチャンでもキリシタンでもないし、どんな神とも結びつきなかった。
刑務所に１冊だけ好きな本を差し入れしてもらえるとしたら、何がいいか？ 罪もなく罰せられる時までに選ばなければと古今東西の名著から最近のライトノベルまで急いで目を通したのに、とっておきの１冊は見つからないし罪もなく罰せられることも今のところなかった。
井戸から水を汲み上げるように言葉をつむごうと思っても、汲み上げた水の運び先が思い浮かばないので、とりあえず井戸の中をのぞきこんだら水がなかった。
幼少のころ意味も分からず漢文の素読をさせられたので、古聖賢の道が骨となり肉となり、正しい行いが自然にできるかといえば反対にパロディばかり浮かんで邪道に走りがちと己に言い訳を重ねても、私の記憶が正しければ漢文の素読などしたこともなかった。
1964年に使われた国立競技場の片隅で10秒00を切るイメージしてるときの写真が出てきたけど、そんなイメージに包まれることは１秒もなかった。
うーん……自粛期間にお酒が弱くなってる気がするけど、たいして自粛してないのにおかしいな……そうか、解禁後は制限時間のうちに飲み切ろうとするからピッチが上がってるんだ！ レースの序盤でペースを見失うパターンのやつや、と元ニセ長距離選手サカタは現役時代を省みそうになったが、オープンウォーター3.2kmスイムのスタートで心臓破裂しそうになったことぐらいしか思い当たる節がなかった。
そのラーメン店は昭和22年のある日、（中略）スープを少しずつ継ぎ足してシープを作る技法を生み出し、下から５行目にあるとおり、信じがたいことに昭和・平成の長きにわたりスープを少しずつ継ぎ足してシープを作る技法を実践し続けてきたと店の壁に掲げていたけれど、令和の今やさすがにシープがスープに変わったんじゃないかと確かめに行ったら店はあっても壁の掲示ごと別のものに架け替えられて、まるごとなかった。
かき氷を食べて頭がキーンってなると目の前に現れるのが子どもの頃の思い出だったらよかったのに、なぜかいつもサウナ東京ドームのレストランの光景ばかり目に浮かぶので、ひさしぶりにサウナ東京ドームでもしばこうと足を運んだら、もうとっくの昔になかった。
ピエロは人前でおどけても、化粧の下の顔は悲しいと聞いたことがあるので、本当かな？ と思って近くまで確かめに行ったら、それは人間の顔をした人形にすぎなかった。
タイムマシンに乗って22世紀からやってきた当日の写真が出てきたようだが、未来へ戻る手立てがなくなって記憶の書き換えが進行してるらしく、何らかのイベントで撮った写真のように思えてきたけど、そんなイベントの記憶もなかった。
その日はいつも並を注文する店でつい大盛りを頼んだらカレーライスだけで営業してる店なのにランチタイムにごはんが切れて、炊きあがるまで20分ほど新規客シャットアウト……「小盛り１人分ならできるんだけどね」って、ぼくが大盛りにしたせいで？ ぼくのせいで次の客を断わったの？ 己の出来心を深く反省しかけたが、そんなの全然ぼくのせいじゃなかった。
バターのしみた厚切りトーストの朝食を一生のうち何回くらい繰り返し食べるんだろう……「貴様はこれまでに食べたパンの枚数を覚えているのか？」という吸血鬼のセリフ（何人殺したか問われて）を思い出し、膨大な数に上るんだろうと想像したこともあるけど、実際それほど機会なかった。（殺人じゃなくてパン食のほうが）
サカタは酒を殺しながら飲むから飲ませがいがないねと笑ってた先輩も、それを聞いて好きなように飲めばいいよと笑ってた先輩も、とっくにあの世へ逝去してしまいました。死んだ人には生きてるかぎり追いつけませんが、七夕の夜はあの世から酒飲みが全員戻ってくるんでしたっけ？ いくら感傷的になっても、そんな習俗なかった。献杯！
猫とぼくは呼んでも来ないのに呼んでもいないときに忍び寄る……だがしかし、ぼくは死ではなかった。
非日常に埋もれたくないがために毎週末のように足を運ぶ同じカフェを同じように訪ねて同じストレートコーヒーを飲み干したはずが、まだ週末じゃなくて臨時の祝日にすぎず、まったくろくなことがない木曜日だった。東京オリンピックが始まっていた。
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