脱サラして一人親方になりました

脱サラして独立。我が道を行く男の独り言

許すワケでは無い!

2021年02月06日 | 三代目は見た
私に一切責任が無い。
工程管理をしなかったN監督が悪い! これは100人聞けば、99人は賛同してくれると思う。

ここだけの話で書くと、私と引越屋の日程が重なっていたのです。
N監督は、引越屋は「別の部屋に荷物を入れる」と言っているのですが、私が作業する部屋を通って搬入するのですね。
で、搬入中は「手を止めて待ってくれ」と言うのです。

だったら、搬入前、若しくは後に作業すれば良い話ですよね。
が、前はダメ(ほかの作業の兼ね合い)。後もダメ(締日、成績の問題)
当日のみしかダメ。

で、「手を止めて待ってくれ」を受け入れない私の我儘だと言うのですよ。
いやいや、何でオレと引越屋を重ねたんだ?
(推測ですが、私の作業を忘れていたのだと思う)
自分のミスは棚に上げ、私の我儘と主張ですよ。

数年前なら徹底的に戦いましたけど、今は「無駄な労力」であり、「自分に利さない」と知っています。
だから「引越屋が終わった後(同じ日)」で妥協です。
引越屋が何時に終わるかは分かりません。そもそもスタート時間が分かりませんからね。
なので、朝から現場に行って、引越屋と直接やり取りします。
本来、この折衝はN監督がすべきですよね。
良いんです、N監督には何も期待していません。

この話も、ここに書くだけです。
誰にも愚痴を言いません。
自分に利さないから。
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余裕

2021年02月06日 | 三代目は見た
若い頃は、自分が正しいと思ったら絶対に折れないし、妥協はしませんでした。
相手を徹底的に追い詰める事もありましたね。
間違いを認めさせる、これができるまで徹底的に、です。

今は「自分が正しい」と思っても、相手を追いつめたりしません。
面倒なんですよ。追いつめても、放置しても、結果が変わらないのです。
いや、むしろ追い詰めたほうが悪い結果になってしまうと知ったのですね。

これは持論ですので、賛否を問うものでは無いと前置きして書きますが、感覚的に「組織」を好む人(居心地がいい)と感じる人は、「誰かしら悪者(弱者)」を作りたがると感じます。
言葉を変えれば、自分が正しいという立場を作る為、誰かを悪くするという事です。
保身、ですね。

感覚的に「個人」を好む人は、自分の正義を貫こうとするように感じます。
自分の正義ですから、万民が正しいと思う事はもちろん、誰もが否定するものでも「自分の」です。
私はコチラ側。「自分の」を貫きます。

で、私が貫こうとする先に「組織内の個人」が立ちはだかります。
私が徹底的に追い詰めると、その個人は組織内に逃げ込み、自分を守るために私を否定します。
私を知らない人は、その否定意見に大きく頷き、まだ見ぬ私から離れていきます。
私を知っている人でも、その否定意見を受け入れ、私に「裏表がある」と考える人もいます。

これが、私が追い詰めた結果。
どんなに正しくても、自分に利する結果にならないのです。

追い詰めなければ、相手は私を悪者にする理由がありません。
(それでも悪者になる事が多いのが世の常ですが)
そうすると「私を知らない人」が離れるリスクは減ります。
そこまで考えて「追い詰めない」という選択を取れる年齢になったようです。

「溶け込む」という言葉がありますが、個人で活動している人でも、組織に「溶け込める人」っていますよね。
これは、自分の正義を貫かない「余裕がある人」だと、ようやく気づきました。
自分の正義は持っていても、それを主張しない。
周囲の主張は、受け入れるフリをする余裕です。

敵を作らない駆け引き。
これを先天的に(生まれつき)できる人は、周りに味方が多いのかもしれません。
私のように、後天的に(歳を重ねて)気づく人は、味方は少なくても、敵も少なくなるような気がします。

と、自分を納得させる術を知る。
これも歳なのかな。

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