大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・068『そもそも遷都の条件が違う』

2019-06-20 06:09:29 | ノベル2
時空戦艦カワチ・068   
『そもそも遷都の条件が違う
 
 
 
 
 密はオアズケをくらった。
 
 江戸を都にすべきという仲子の提案に賛同しきれなかったからだ。
「分かっていただけるまでは枕を共にいたしません!」
 そう宣言されて、密は夫婦の寝室から追い出されてしまったのだ。
 
 新政府の意向は『大坂遷都』に決まっている。
 大久保や西郷、長州の伊藤や桂だけではなく、江戸っ子の勝までも「都は大坂がいい」と言っているのだ。
 なによりも密の理性が――大坂こそが日本の都――と認めてしまっている。
 
 密は足許に気を配りながら大手門を潜った。
 
 大坂城は鳥羽伏見の戦いの後に荒れた。
 将軍慶喜と幕府軍が退去した後、大坂の市民たちが城に押し寄せ、何者かが火を点け城内の大半が焼失し、その後始末もできないまま放置されている。
 その大坂城の天守台に登ってみろと仲子が言ったのだ。
 大手門の多聞櫓を抜けると二の丸だ。二の丸だけでも五百メートル四方もあり、新政府の官庁のほとんどが収まる。
 収まらないとしたら練兵場ぐらいのものではないかと思ってしまう。
 
 思ってしまうが決めてはかからない。
 
 一昨年、漢字を廃止して仮名だけにすれば便利になると思い込んでいたが、仲子は反対し続け、けっきょく仲子が正しかった。物事の決定に偏見が無いところが密の長所だ。身分や男女差で判断しない、自分自身越後の百姓の出である。身分にこだわる世の中であれば今の密は存在していない。
 薩摩の大久保利通が同じである。
 新政府は大久保の頭脳と西郷の人徳で回り始めている。この二人がそうであるお蔭で密たち旧幕府系の人間も政権に参画できているのだ。
 桜門を過ぎると本丸で、そこから見える天守台の上には先客がいた。
「大久保さんではないですか?」
 先客は大久保と、その従者だった。
「おお、前島さん。これは話が早い」
 大久保も喜んで従者を下がらせ、二人だけで大坂の街を見下ろすことになった。
「きのう仲子さんが来られましてね」
「仲子が?」
「ほんの五分ほどしかお相手できなかったが、大事なことに気づかされました。それを確かめに来たんです」
「大坂遷都のことですね」
「わたしは大坂で十分だと思っていました。十分どころか、この摂河泉の平野の広がりは都を置いてなおゆとりがあります」
「わたしも同じです。他に舟運、諸街道との連絡、街の整備を考えましても大坂が適しています」
「その適しているというのは、いつの日本を指してのことなのですか?」
「は?」
「いや、仲子さんにそう詰め寄られました」
 気づくと、大久保の口元がほころんでいる。大久保が人前で笑顔を晒すのは稀有なことである。
「日本の安寧が整う条件を言われました、目から鱗でしたよ」
 言われた密は息をのんだ。都の条件は日本国内を治めることを柱にして考えている。それだけならば、いまの大坂で十分すぎるくらいなのである。
 だが、将来にわたっては必ず周辺の大国との摩擦が起こる。
「摩擦の相手は清国とロシアです。好んで事を構える気はありませんが、かの国は日本の独立を喜びません。わたしたちの寿命が尽きるころには衝突が起こるでしょう。遠い将来と思っていましたが、その布石は打っておかなければなりません」
 密は沈黙し、摂河泉の平野の広がりと、清国・ロシアに対抗できる国の首都の大きさを秤にかけた。
「収まりきらないかもしれません」
「前島さんが言うのなら確かです、さっそく朝議に掛けましょう。おそらく御裁可になります」
 
 その二日後、東京遷都が決まった。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 高校ライトノベル・時かける... | トップ | 高校ライトノベル・高安女子... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ノベル2」カテゴリの最新記事