勇者乙の天路歴程
028『島津の行列ということは!?』
※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者
脇へ寄れぇぇぇぇ…………脇へ寄れぇぇぇぇ…………
先触れの徒士(かち)二人が物売りのように、よく通るが、けして威嚇的ではない声を上げ、その後ろに延々数キロにわたる大名行列が続いてくる。
村の住人は、おっかなびっくりではあるが土下座はせずに、道の両側に寄って珍しそうに見物している。
「あれが殿さまか?」
スクナが行列の先頭を指さす。
「指さすんじゃない」
さすがに無礼なので注意した上で説明してやる。
「役の名前は忘れたが、あれは家来の中で最も大名の格付けに詳しい者なんだ。他の大名行列と出くわした時に、すぐに家格が上か下かを判断して後ろに伝える。自分より上の時は道を譲らなくてはならないからな」
「上か下かって、どこで判断するの?」
「先駆けの後ろの奴さん、あれが持ってる毛槍のデコレーションと、後ろの旗印の紋所だ。先駆けの者は日本国中の大名を暗記していて、瞬間に判断して後ろの本隊に連絡するんだ。大名同士でも上下の区別はうるさかったからね」
「へえ、そうなんだ」
言ってるうちに先駆けは通過してしまい、弓隊・槍隊・鉄砲隊・御徒士・騎馬隊・騎乗の上級武士・馬周り組・近習・その他いろいろの行列が続いていく。
「島津の行列は始めて見たなぁ」
ビクニが呟く。少佐の軍服を着ているので、自衛隊のパレードを見に来た外国の駐在武官のようだ。
「何百年も生きてきたんだから、大名行列なんて飽きるほど見ただろう」
「毎年参勤交代をやっていたのは江戸時代でも最初の百年ちょっとだ。それに、街道沿いの町や村にいなければ見ることはないしな……」
まあ、それもそうだろう。大名行列を見るために長生きしているわけでもないだろうし。
子どものころ、母の田舎で花嫁行列を見た。
親類や縁者の人たちに前後を固められて花嫁が行く。祖父さんたちは裃姿に菅笠を被って、行列のほとんどは紋付羽織の和装で、目の前を行く大名行列に通じるものがあった。そうそう、村の左義長祭りの行列も、スケールは違うがこんな感じだった。
そんな思い出と重ねて観ていると、花嫁行列でも村祭りでも見なかった丸に十字の紋所に目がいった。
わたしよりもビクニの方が先だった。
「ん……」
「どうかしたか、少佐殿?」
「この薩摩の行列、主は島津久光と言っていなかったか?」
「え……」
あ!?
気づくのは二人同時だった。
「ちょっと訊ねますが……」
「は、はい?」
村長は行列に目を向けたまま首を捻ってくれる。
「この先の村はなんと言いますか?」
「え……あ……生麦村ですが」
生麦村!?
二人同時に決意した。
「スクナ、おまえも来い!」
「え、ちょ!」
ビクニがスクナの腕をとり、行列や村人の邪魔にならないよう、家々の裏側を通って村を抜けた!
☆彡 主な登場人物
- 中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
- 高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
- ビクニ 八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
- 原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
- 末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
- 静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒
- ヤガミヒメ 大国主の最初の妻 白兎のボス
- スクナ ヤガミヒメの新米侍女
- 因幡の白兎課長代理 あやしいウサギ