銀河太平記・129
戦史資料室黒書院分室……ちょっと長いから分室。
分室の資料は、文書、電子資料、現物資料に大別できるけど、その大半が悲惨なもの。
例えば、ある前線基地への補給。給水要請があってから実施までに三週間もかかっている。
当時の火星は極地方を除いて地下水は無いから、補給を受けた時には手持ちの水を飲み干して、半数は渇きで死んでいるでしょう。
戦闘終了後、戦果確認のために数えた敵の遺棄死体、15・5人。
死体数に小数点が付いているのは、バラバラになった死体が多いので、欠損部位を集めて推測した数が入っているから。
「最終的には、手足の数で決めるそうでござる」
軍に問い合わせてくれたサンパチさんが教えてくれる。
自軍戦死者取り扱いについての遺族の感想。感謝の言葉が多かったけど、こんな苦情があった。
―― 最後のキスをしようとしたら、夫の口の中には舌が無かった ――
「戦死体は、腐敗防止のために、内臓や舌は取り出してしまうのでござるよ」
これは、問い合わせもせずにサンパチさんの即答。地球でもそうなんだ(;'∀')
集落が敵襲を受け、少年一人を残して一家全滅。
少年は、赤ん坊を背負って、まるで兵隊さんのように直立不動。
ちょっと見には、可愛くも凛々しい姿。
「背中の赤ん坊は亡くなった妹でござる。少年は、直立不動で赤ん坊が火葬される順番を待っているのでござる」
「でも、なんで、直立不動?」
「少年の父は軍人でござる……死者を悼む最高の礼が直立不動……これしか知らなかったのでござりましょう」
そして、次に手に取ったのが『赤錆の露頭』と、ちょっと文学的なタイトルが付いた記録。
「マス漢戦争の遺物でござるな」
戦争記録は戦時中のものに限らない。戦後、年月が経ってから発見されたものもある。これは、そういうものの一つのよう(049『赤さびの露頭』)。
発見者は旅人とあるだけだけど、記録は詳細だった。
旅の途中、赤錆の露頭にぼろ布のようなものが見えて、部下と共に掘ってみると、五人分のミイラ化した遺体が出てきた。検分すると、全員後ろ手を縛られた扶桑軍兵士。二人が男性、三人が女性。
男性兵士のミイラには首が無く、女性兵士は下半身が露出している。
「なんと云うこと……」
「往々にしてあることでござる、戦争とは狂気そのものでござるよ」
「しかし……ここ、三年前だから、まだ現場が残ってるわよね」
「行ってみますか?」
「うん、胡蝶さんに頼んで……自分でお話してみる」
資料を閉じて立ち上がると、ハンベに緊急速報のシグナル。開いてみようと思ったけど、脚は胡蝶さんの詰所に向かっているので、後回しにすることにする。
「了解しました」
胡蝶さんの即答で、わたしはサンパチさんとともに赤錆の露頭を目指した。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)