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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

何もしないつもりの半日のみの豊橋小旅行

2023-12-15 02:07:12 | よしなしごと

 豊橋へ行った。積極的な理由は何もない。
 消極的なものとしては、この歳にして今年の暮は外出が多い方なのだが、どれも決められたりしたもので、自分で「よしっ、行こう!」というものがない。そこえへたまたま名鉄電車の切符があったので岐阜から一番遠いところということででかけた次第。この動機からだけみると徘徊老人と変わらない。
 前に行ったことがある美術館でなにかやっていたらという気もあったが、予め調べたら改修工事中とのことでそれは断念。

      
             名鉄岐阜駅での連結作業

 としたら、何も慌ててゆくことはないと、昼間の日常の家事を済ませてから夕刻、豊橋に着くように出かける。
 で、薄暮の始まる頃到着。

 駅頭のブリッジではイルミネーションが点灯していて、それを眺めていたらちょっと奥まったところに花飾りに囲まれた白いベンチがあり、どうもそこでカップルなどが自撮りをする場所らしい。

      
                豊橋に到着
 
 その前に差し掛かったら陽気な女性に声をかけられた。彫りの深い表情はどこか日本人離れをしていて、言葉のイントネーションもやや異なる。
 その女性いわく、あの白いベンチにかけるので魅力的に撮って欲しいとスマホを渡された。引き受けてスマホを構え、彼女がベンチに座った途端、悲鳴を上げて飛び上がった。何事が起こったか分からなかったが、私の近くまで水しぶきが飛んできた。

                
               出発待ちの飯田線電車

 わぁ~、わぁ~、わぁ~と彼女の悲鳴は続く。よく見ると彼女のパンツは、おしりから下全体にしずくが垂れるほど濡れているではないか。何が起こったか分からず、ベンチに触れてみて初めてわかった。そのベンチは、座りやすいようにお尻の当たる部分が窪んでいるのだが、そのくぼみに、当日の午前中まで降っていた雨のせいで、2~3センチの深さで水が溜まっていたのだ。

 そこへ彼女はまともにお尻を下ろしてしまったのだ。これは悲鳴を上げるのも無理はない。慰めようもなく立ち尽くす私からスマホを受け取った彼女は何処かへ私にはまったくわからない言語で声高にしかも早口にまくし立てた。
 後で聞いたらタガログ語で彼女はフィッリッピン人だという。

          
                駅頭のトラムカー

 なんか、責任を感じてしまってなにか手助けすることはと尋ねたら、いま電話したのは妹で、やや離れたところからだが車で迎えに来るとのこ、それまで本人は近くの衣料店で着替えが買えたらそれに履き替えるという。あのタガログ語の激しさに比べたら嘘のように笑顔が戻ってきて、かえって心配をかけて済まないといったのには気の毒というかなんというか複雑だった。

          
             駅前へやってくるトラムカー

 彼女と別れてからもモヤモヤしていたがあれは不慮の事故ではなくまったく人為的な不手際だと気づいた。普通ああした形状のベンチにも水が溜まったりはしないはずだ。それはどうしてかというと、一つには普通、短冊状の板で作られていて隙間があること、そして一枚板の場合にはところどころに丸い穴が空いていて決して水があんなに溜まったりはしないのだ。

 ふとみたら、近くのイルミネーションを部分的にいじっている男性がいた。彼に近づき、あなたはこの装置のクリエーターかと尋ねた。いいえ、私はこの部分だけの担当ですと彼氏。
 じゃあ、それはそれとして、ちょっとこちらへとベンチのところへ連れてゆく。そして水が溜まっているさまを示してこれをどう思うかと尋ねた。これはまずいですね。この長さだと3~4箇所に水抜きの穴を設けるべきですねと彼氏。

      
              以下はイルミネーション

 私は、先程の彼女の被害を話し、他にも犠牲者が出る可能性があることを告げ、早速注意書きを用意し、さらにはこの椅子を撤去し、新しいものと取り替えるよう要求した。わかりました、その旨責任を持って処理します、と彼の答え。
 先程の彼女がまだいたら、その被害を弁償させたい思いであった。

 変なアクシデントで時間をとったが、あとは飲食店で酒肴を味わい帰るのみだ。駅前の道路へ降りる。
 ここへ来るといつも気になるのは精文館(Seibunkan)という大型書店が元気でやっているかということだ。ここで書を求めたこともあるが今回は前からの覗き見のみ。ちゃんとやっていて客も結構入っている。

      
 
 その近くの飲食店に入る。ここから先は感傷旅行のメインのはずであった。ここへは3,4回来ているが、何回目かに同行した友人は今年の5月に旅立った。そして別の機会に同行した友人は、いろいろ事情があって今は会うことすらできず、したがってその生死すらわからない。
 その人たちを偲びながら、カウンターで静かに酒肴をというのが強いていうと今回のこの小旅行であった。

 郷に入らば郷にで、この地区の酒「三河手筒」を頼む。手筒花火からのネーミングだろう。サラッとしていて結構うまい。カウンターは1人のみ、しばらくはしんみりと杯を傾ける。
 が、しばらくすると女性が1人、カウンターにやってきた。オーダーなどのぎこちなさからみて、土地の人ではなく旅の人だとわかる。      

      

 どちらからともなく話を交わすことになる。はやはり一人旅の女性で、神奈川県から青春18切符で訪れたという。今日は豊橋の吉田城跡と豊川稲荷、宿は豊川だが夕食はネットで検索してここにしたらしい。
 明日は飯田線で長篠の古戦場跡、そして浜松城などが予定という。どうやら、社寺仏閣、城址、古戦場跡など広い意味での歴女に相当するのだろうか。

 そうした観点から岐阜についていろいろ問われる。岐阜と言っても南部の県都岐阜を含む美濃地方はどちらかというと太平洋性気候に属するし、飛騨や奥美濃は日本海側の気候で、風俗習慣も異なる。さらには美濃地方も西濃と東濃はあまり交流もない。それらをうまく説明できない。

      
 
 いずれにしても、冬は北部は寒く雪深いし、南部は呼び物の鵜飼などもないし、初夏から秋にかけてがお勧めだと言っておく。岐阜城について問われたが、戦前の火災事故後、コンクリート製ではあるが、そのロケーションは素晴らしく、私の少年時代は濃尾平野の地図同様、揖斐、長良、木曽のいわゆる木曽三川が伊勢湾に注ぎ込む様子が見て取れたこと、そんなこともあって、眼下のどこで挙兵があっても、すぐさま知れ渡ったことなどを話す。

 そんなこんなで、しんみりした感傷旅行の仕上げとしてのしんみり酒は、すっかり友好酒に転じてしまった。
 野暮な自己紹介はやめにして、私のブログのアドレスのみ教え、土産を買い豊川の宿へ帰るという彼女と豊橋駅頭で別れた。

      
      
              精文館(Seibunkan)書店    

 行きには軽い本一冊をやや斜め読みに読んだのだが、酒と疲れの後ではそうは行かない。まぶたが閉じがちになる。しかし、岐阜が終点だから安心できる。しかも、岐阜へ着く手前で目が醒め、いつも東海道線から見る夜景と、名鉄線のそれとを比較しながら最終行程を終えることができた。

 寒々としたわが家の日常の中では、今日半日の出来事がなにか夢幻の如くであった。そしてそれが、ぶらっと出かける、旅や小旅行が変哲のない日常にもたらす異化作用なのだろう。
 
 これからも、特に目的もない土地にふらりと出かけてみたい。

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