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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

「われても末に」逢えるかどうかの分水嶺

2019-10-11 16:49:26 | よしなしごと
  先般、ほぼ10年ぶりぐらいに、ひるがの高原を訪れた。
 その折にも日記やブログに記したので、今回のものはその二番煎じとなる。
 国道156号線、ないしは東海北陸道を名古屋・岐阜方面から北上する。当初は長良川に並行しその上流へと進む。当然上り坂の連続だ。しかし、やがていつしか下り坂になり、今度は、荘川沿いに下流へと進むことになる。
 要するに分水嶺を越えるわけなのだが、その周辺がひるがの高原で、標高はほぼ1,000mといわれる。

 ひるがの高原内にある分水嶺公園はその二つの川の別れざまを分かりやすく見せてくれる場所である。

             
 公園といってもさして広くはない。上流から幅2メートルにも満たないせせらぎが小さな池のような箇所に至る。その流れの緩やかな場所では、イワナの子どもたちが戯れているのを観ることもできる。その池からの出口で水たちは池に突き出した岩の頂点のような箇所で左右に別れる。

          
 このささやかな別れが、実は、かたや荘川水系に合流し日本海へと至り、かたや長良川に吸収され太平洋へと注ぎ、要するに日本列島を横断する壮大な別れになるのだが、当の水たちはそれを知る由もない。

          
 ところで、詮索好きの私は、この別れゆく水たちの行く末を考えてしまう。ようするに、こうして日本海側と太平洋側とに別れた水たちが再び出会う可能性があるのだろうかということである。
 
          
 いってみれば、瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ(崇徳院 詞花和歌集 百人一首にも収録)の現代的追体験の試みであり、「われても末に」逢えるか逢えないかということである。
 海は繋がっているからもちろん逢えるだろうでは答えにならない。そんな事をいったら世界中のどの河川も出会っていることになる。
 問題は日本近海で、しかもここぞという箇所でその可能性はあるかどうかである。
 
 日本列島に沿って、南側を日本海流(いわゆる黒潮)が、そして北側を対馬海流が北上している。
 だから、長良川へと流れた水は、伊勢湾で海へ出て日本海流(黒潮)と合流し、一方、庄川へと旅する水は、富山湾で海にいたり、対馬海流に合流する。

          
 ところで北上する黒潮は、北からの千島海流(いわゆる親潮)とぶつかり、大きく東へ逸れ、太平洋の真ん中へと進んで行く。一方、対馬海流はそのままオホーツクを目指して北上し続ける。こうなると、あの分水嶺で別れた水たちの再会の機会はないことになってしまい、「われても末に」は虚しい望みとなってしまう。
 
          
 ところが、ところがである、       
 海流図を見ていると、日本海側を北上する対馬海流の一部が、南下する千島海流に誘導されるかのように、本州と北海道の間の津軽海峡を通って太平洋側に至っているのだ。そしてそれは千島海流に伴走し、東北沿岸を南へと進み、銚子沖では日本海流(黒潮)と接することになる。

           
 だとするとこの銚子沖で、ひるがの高原で南北に別れた水が再び出会う可能性があることになる。
 水たちのこんな会話を想像してみる。
「よう、久し振りだな。どうだい調子は?」
「いいに決まってるじゃないか。こうしてお互い再会できた場所が場所だけに、銚子がいい

  ひるが野で岩にせかれし滝川の銚子沖にて逢わむとぞ思ふ(不徳院)




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