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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

信用金庫への道と「南の花嫁さん」

2013-06-21 00:25:15 | 写真とおしゃべり
 所要があって近くの信用金庫へ出掛けた。
 「地獄への道は薔薇の花によって敷き詰められている」のだそうだが、私のうちから信用金庫への道は田畑と人家がまだらになっている都市郊外の風情によって占められている。

            

 まずはカンナの花であるが、一般的には赤が多いようだ。この花を見ると高峰三枝子さんが歌った「南の花嫁さん」という歌を思い出す。

  ネムの並木を 小馬のせなに ゆらゆらゆらと
  花なら赤い かんなの花か
  散りそで散らぬ 花びら風情
  隣の村に お嫁入り
  おみやげはなあに 籠の鸚鵡
  言葉も たったひとつ いついつまでも


 http://www.youtube.com/watch?v=PhafGWOyRHA
 
 藤浦洸:作詞の一見のどやかで微笑ましい歌だが、レコード化されたのが1942(昭和17)年とあって、まだ日本が東南アジアを支配している時期であり、この歌の「南」も明らかにそちらを指していた。
 しかし、歌詞全体にそうした戦時色はなかったため、敗戦後も引き続き歌われ続けた。

 この歌を調べているうちに、もうひとつの謎に突き当たった。
 それは作曲者の任光という人だが、中国人で、日中戦争が始まるや、第二次国共合作でできた抗日統一戦線の「新四軍」に加わり、1941年、つまり上の歌が出る前年に戦死しているのだ。

 ということは、その曲だけが何らかのかたちで残り、それに藤浦洸が詩を付けたのだろうか。それにしても抗日戦線に参加したひとの曲がどうして日本の歌謡曲に使われたのだろうか。
 全く謎である。
 どなたか、事情をご存じの方がいらっしゃったらご教示いただきたい。

         

 冒頭が長くなってしまった。以下端折ることにする。
 これは、何にでも巻きつくので嫌われ者のヤブガラシの花である。なかなか可憐だと思うがどうであろう。
 この蔓の先端部分が食用になるというので、湯がいておひたしにしたことがある。ちょっとヌルッとした感じで、さほど美味いものではないので一度試したっきりである。今度、食糧難になった時のために記憶はしておこう。

  

 ついでトウモロコシの花。下で受精してもう実ができている。

   

 ナンキンハゼの新芽とまだ若い花。何故かこの木は好きだ。

  

 続いて、昆虫二態。シシウドのような花にとまるアシナガバチの仲間ともう一つはアカスジカメムシ。後者には手を触れない方がいい。別名、◯コキムシといわれてもいる。



 この前通りかかったときは白かったネギ坊主が褐色になっている。あとの接写で見える黒い点はネギの種である。

         

 作業小屋のようなところを通りかかったら、金属の棒のようなものが立てかけてある。美しい。

 かくて、私の信用金庫への道ははかどらない。
 「信用金庫への道は老人性徘徊のネタに満ちている」のだ。
 

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5 コメント

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Unknown (只今)
2013-06-21 11:59:32
●任光によって1935(昭10)年作曲された
「彩云追月」が秘かに唱い継がれていることを識った「日本コロンビア」は、昭和16年「南の花嫁さん」として発売。
 しかしその盤には、〈作詞・藤浦洸、作曲・古賀政男〉とあります。やはり抗日戦士はマズカッタのでしょう。
 
●同じ任光作曲で、「青い月の夜に」というレコードが昭和15年テイチクから発売されています。
 その盤上には、〈作詞・島田磬也、編曲・杉原泰蔵〉とあり、任光の名は消えています。
 が、「編曲」としていることが、カワイラシイといえなくもありません。
唱うは李香蘭。この歌、ネットで聴くことできますが、ネットで同様に聴くことが出来る彼女の「七人の侍」の主題歌(作曲・早坂文雄)は絶品。
 “昨日見し人 今日はなし
  今日見る人も 明日あらじ
  明日とも知らぬ われなれど
  今日は人こそ かなしけれ”
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Unknown (六文錢)
2013-06-21 14:36:41
>只今さん
 ありがとうございます。
 なるほど、そうした事情があったのですね。
 「青い月の光に」も聴いてみました。これもとてもいい曲ですね。
 音楽に国境はないとはいいますが、これほど日本人が愛した曲を作った人の国へ、国境を越えて攻め込み、その人を犠牲にするとはなんという歴史の因果でしょう。

 「七人の侍」、歌詞があることはなんとなく聞いたことがあり、特に
「ちょーりょ、ふーりョウー
 ひょうーふりョウー
 ひャる、アーろよ、ひょうーふりョウー」
 のくだりはどこかで聴いたことがあるのですが、今回、改めてじっくり聴いてみました。
 映画全体と同じく曲はクラシック畑の早坂文雄ですが、この詩も早坂氏本人がつけているのですね。
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Unknown (六文錢)
2013-06-21 14:38:11
>maotouying さん
 ありがとうございます。
 やはり中国では著名な作曲家のようですね。
 当時の日本と中国は戦時状態でありながら、李香蘭に見られるように文化的には溶け合っている場面もあり複合的でしたから、民衆に愛されたメロディなどを無碍に無視できなかったのでしょうね。
 その辺が、現在のネウヨ的嫌中一本槍とは違うところでしょう。

 上で只今さんがおっしゃっている『南の花嫁さん』の原曲のピアノ・バージョンを見つけました。
 はじめは同じ曲とは思えないほどでした。

「Silver Clouds Chasing The Moon 彩雲追月 」 任光
http://www.youtube.com/watch?v=zX7EVfjhjBw
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Unknown (杳子)
2013-06-22 00:11:53
浮世の義理ははたさねばなるまいが、目的地に達するよりも途上の道草の方が千倍愉しいものでしょうね。
ネギに種があったなんて、いや、胎生じゃないんだから種はあるだろうが、こんな場所にできるなんて、初めて知りました。
ほんとに、私の生活は、土から遠ざかっているなあと思います。
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Unknown (六文錢)
2013-06-22 02:07:33
>杳子さん
 「土から遠ざかっている」=文明人です。
 昔は、野蛮人のことを「土人」といいました。

 上に書いた「南の花嫁さん」と同時期、私たち子供向けには『冒険ダン吉』という漫画がありましたが、それは日本の少年が南洋へ行き、そこの「土人」たちを支配するという文字通り日本軍の南進論を絵に描いたようなストーリーでした。

 しかし、私はすっかりダン吉に感情移入し、みんな同じに見えるとして番号で呼ばれていた土人たちのことを考えても見ませんでした。
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