イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

暗闇がいっぱい

2008-11-13 16:52:26 | ミステリ

ルネ・クレマン監督の60年版、アンソニー・ミンゲラ監督の99年版ともに映画ではあまり詳しく描写されませんが、パトリシア・ハイスミスの小説『太陽がいっぱい』のダークヒーローであるトム・リプリーは幼い頃両親が自動車ごとボストン港に水没する事故で死に(そのトラウマで水が怖い、泳げないという描写は映画でも幾つかありました)、父の妹であるドッティ叔母に育てられましたが、この叔母がスーパー意地悪でどケチ。リプリーは8歳のときから再三家出を試みては連れ戻され、20歳でやっと成功、ニューヨークに出て俳優志願の夢破れると苦手な肉体労働を転々としていましたが、詮索好きな叔母に居所を尋ね当てられては連絡が回復したりまた途絶えたりの繰り返しでした。

そのどケチ叔母からは、

「まるで最後の支払いをすませて、わずかな金が残ったか、あるいは、商店へなにかを返品し、パンくずみたいにその金を投げてよこしたかのように、6ドル48セントや12ドル95セントといった中途半端な、些少な額の小切手が送られてくる」

「ドッティ叔母の懐には(リプリー父の死亡保険)金が入っていた。彼に送ってくれてもいい金額のことを考えると、小切手は人を虚仮(こけ)にしていた」(河出文庫、佐宗鈴夫訳)…

…トム・リプリーは勤勉に努力して学歴や職能を身につけようとはせず、『太陽~』の冒頭ではいまで言う振り込め詐欺の常習犯に育ってしまうのですが、“半端な金額の、思いつきの突発供与がいかに有り難味がないか”“逆に「もっとくれてもいいのに」というさもしい気にさせるか”がよくわかります。お金とは怖いものです。莫大な額ではなく、些少な金だからこそより一層暴力的なこともある。

単純に、いつでもどこでも誰にでも、幾らでも、あげれば喜ばれる、もらえば嬉しいというものではない。やりようによっては、何もくれないより悪いこともあるのです。

先般からの追加経済対策“定額給付金”の報道で、月河はこのドッティ叔母さんを思い出さずにはいられませんでした。

「トムの父親が残してくれた保険金以上に教育費がかかったというのが、叔母の言い分だった。そのとおりかもしれないが、面と向かってそれを繰りかえし言って聞かせる必要があっただろうか?思いやりのある人間なら、子どもにそんなことは何度も言わないだろう。無償で子どもを育て、それに喜びを感じている叔母や、他人さえたくさんいるのだ」(同、同)…

…政府はさぞ“ここの国民ときたら、カネも手間もかかってしょうがない、そのわりに歳入はたったこんだけしか入ってこない、あーあ”と、さぞやりきれない思いで日々いるのでしょう。「景気浮揚して税金搾り取れる状態にまでするために2兆円はぶち込めるな、それじゃアタマカズで割って、ガチャガチャチーン、はいっ11万2千円」「ジジイババアは人口が多いし、18歳未満はこれから末永く搾り取らなきゃならないから、上乗せ目いっぱい、はいっ8千円」…

血税2兆円使って、政府が国と国民を如何に愛していないかを天下に暴露し、国民の誇りと品性を踏み躙る。愚策、悪政どころか、悪い冗談ですらない。たわ言、戯れ言、世迷い言です。

いま、この瞬間に「戯れ言だった、失礼しました、やっぱりやめます」と宣言しても、すでにおおかたから「えーっ、くれるって言うからもらおうと思ってたのに、嘘つき」と総スカンを食らい選挙“逆対策”になるだけ。

「くれてやる、くれてやる」とチラつかされ続ければ、人間、大して窮していなくても「もらわなきゃ」「もらって当然」「もっともらえるはず」という料簡になるものなのです。国のトップが国民を虚仮(こけ)にしているのだから、国民の性根だって振り込め詐欺並みにヘタり腐ります。腐らない前の状態には戻らないでしょう。いくら円高とはいえ1万2千円で国民の信頼が買える政府が、世界のどこを探したらあるのか、海外通をもって任ずる麻生さんに訊いてみたいものです。

断言していいと思います。日本の政治は死んだ。政治が国民を蔑んでいるように、国民も政治に対して、今後、蔑むことしかしなくなるでしょう。

そう言えば、昔、会社員時代に賞与の明細を配られると、「“要らねぇこんなハシタ金!”っつってビリビリ破いてみたいね」と同僚と笑ったことがあったっけ。“支給”とか“給付”とか、表現は異なれど“給される”もので生活していく身とは、かりにそこそこ高“給”だとしても、基本的に侘しい、しんどいものです。国が民をしてそういう気にさせる、もともとそういう気でいるところに輪をかける、それだけでもえらく罪深いと思うのです。

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