「げ、げ、げげげ、のげ?…」と出来たてほやほやの『ゲゲゲの鬼太郎』歌詞を一生懸命読む布美枝さん(松下奈緒さん)が微笑ましかった(@『ゲゲゲの女房』)。
素の松下さんも、『鬼太郎』ソングはおなじみだと思うんですが、メロディーで、なんならイントロ効果音つきで、子供の頃から覚えている歌詞を、いま初めて歌詞単体で目にしたかのように演技で読むのって、プロの役者さんでも結構、大変な部類の仕事だろうと思うんですよ。どうしてもフシがついちゃう。
「おさかなくわえたドラネコを」までは棒読みできても、「…追っかけて」は「おぉっっかけーて」と伸びてしまうし、「思い込んだら、試練の道を、行くが男の」まではするっと行くけど、「…ど根性」はどうしたって「どこんーーじょぉぉぉお」と粘りたくなってしまう。
「さらば地球よ、旅立つ船は、宇宙戦艦」までは何てことなくても、「…ヤマト」は「やぁぁぁまぁぁぁとー」にならざるを得ない。
水木プロを立ち上げしげるさん(向井理さん)の漫画の仕事が一気に増えて嬉しい悲鳴の一方、「最近はお父ちゃんの背中が見えんことがある」「浦木さんの言うのも当たっとった、ろくに(夫婦の)会話がない」とちょっこし嘆かわしい布美枝さんですが、苦戦していた『鬼太郎』ソングの作詞を「できたばっかりだ、まずオマエに見せようと思っとった」といそいそ持ってくるしげる。編集者より先にナマ原稿に接する至福は、愛妻の特権です。
「歌ができたおかげでTV化がぐっと進展したが、“墓場”がスポンサーに受けない、タイトル変更できないか」と船山P(風間トオルさん)に持ちかけられ、豊川編集長(眞島秀和さん)とともに俄かに卓袱台タイトル会議となって、「そう言えば、なぜ“ゲゲゲ”なんですか?」と豊川が訊くと、「自分のことです、子供の頃“シゲル”と言えなくて、“ゲゲル”と言っとったんですよ」「いまでは昔なじみ(の友人)もゲゲと呼ぶようになって」と説明するしげるに、食卓から“そうそう、そうでしたね”“東京に来るとき、浦木さんと出くわして、そのとき聞いたんでしたね”と懐かしさをこめて頷く布美枝。
やはりこの2人は、信頼と尊敬と感謝、ねぎらいで固く結びついているだけでなく、“忘れ難い時間をどれだけ共有しているか”でも追随を許さない。高年収で社会的地位の高いエリートなご夫婦でも、旦那は旦那で仕事、接待、飲み会、奥さんは奥さんで家事に子育て、ママ友付き合い趣味カルチャーと、てんでに別個の時間を積み上げるのみで、対社会的にだけ“夫妻”をやっているようなカップルでは、如何に円満に満ち足りて見えても「そうそう、そうでしたね」が少ないから、こうはいかないと思う。
いまはアシスタント3人を使い、原稿取りが詰めかける売れっ子先生になりましたが、電気を止められた仕事部屋でロウソクを頼りに夫婦で原稿を仕上げた日々が、遠くはなっても消え失せることはない。酸いも甘いも、辛いも苦いも一緒に飲んで噛み分けた記憶がある限り、このご夫婦は大丈夫でしょう。
一日も早くデビューをと焦り気味なアシ倉田(窪田正孝さん)に頼まれて、しげるが新人賞の応募原稿を見てやり、「早こと世に出ても、促成栽培ではすぐに枯れてしまうぞ」「本を読んだり資料を調べたり、いまのうちに勉強しとかんと、脳味噌の貯金がすぐに無くなる」「一生懸命なのはいいが、近道はいけん、近道を行ったら、その先は行き止まりだ」と、改めてみずからの漫画家人生の来し方行く末を思うように語る場面もよかったですね。
最初は鼻白み気味だった倉田が、ひとり仕事机に戻って、「絵も雑、ストーリーも練られとらん」と先生に一刀両断された自作原稿を見返し、「ほんま、これではあかんわ」と冷静さを取り戻して、次の作品への意欲を燃やしていくことができた。絵でも詩でも小説でも、楽曲でも、出来上がりホヤホヤだと、作ったときの猛烈な体温の“照り返し”や“湯気”に当てられて、作った本人にはアラが見えないものです。時間と心理のインターバルをおいて、“作者”ではなく“他人”になって見返す必要がある。
このコマが、ここのネームがどう足りない、どうおかしいではなく、「一生懸命なのはええが、焦ったらいかんな」と、自作に距離をとるべく、水木先生は水を差してくれた。クリエイターにとって、仕事がない時期の暇な時間をどう活用したかが、いずれ来るチャンスの後に効いてくる。
溢れる画力やセンスを謳われて鮮烈デビューしたものの、読書量や雑学知識、実生活の見聞など“脳味噌の貯金”が乏しいために短期間で磨耗し消えてしまった描き手を、先生は大勢見てきたのでしょう。戌井(梶原善さん)の北西出版“特別顧問”を買って出て、新人の投稿を見せられたときも、しげるさんは「促成栽培」を厳に戒めていました。
“生活が貧乏でも、人として貧しくなってはいかん”を信条に、苦しい家計から趣味の戦艦模型を買って艦隊再建を試みたり、「売れなかった長ーい時間の過ごし方が、売れているこんにちの自分を在らしめている」と、水木先生は揺るがぬ自信があるから、自立や仕送りを気にしてデビューを焦る倉田へ、説得力のあるアドヴァイスができたのです。
「よっしゃ、また一からやり直しや」とペンを持ち心機一転する倉田を、引き戸の陰から見守るいずみ(朝倉えりかさん)、しげる義兄さんがホンモノの漫画家なら、布美枝姉ちゃんもホンモノの漫画家女房。倉田さんにはホンモノになってほしいけど、私はお姉ちゃんのようなホンモノになれるだろうか?との自問自答もあるようです。
ところで、劇中の倉田は中卒の看板屋見習い7年を経て水木プロに来ており、まだ20代前半。一方しげるはすでに40代半ばです。
ところがしげる役の向井理さんが、やんわり老け目に中年メイクし、座ったとき肩や背中を丸めにする演出、演技の小ワザ程度じゃ微動だにしない(?)若見えさん(←実年齢28歳)なばかりでなく、倉田役の窪田正孝さんも、この役相応を余裕で通り越して、まだまだ現役高校生役がいける超のつく童顔くん(←明日6日がお誕生日で満22歳)なので、なんだか2人の師弟シーンが部活の先輩後輩みたいなんだな。
その絵空事感、有り得ねー感が、“漫画家とその女房の物語”にまたいいんですけどね。