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イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

無責任な会 ~人が陥るアナふたつ~

2025-02-09 17:07:10 | ニュース

 中居クンこと中居正広さん(“元SMAP”はもう付けなくていいですよね)が報じられてるようなかたちで芸能界を去るとは思いませんでした。

 とは言え現状ではこれしかないでしょうね。月河の非高齢家族などは「出てきても正視できないし」「出るほうより見るほうが辛ぇよな」って言ってます。月河もだいたい同感です。

 アイドル、現役でも“元”でも、言い古されてるけどお客さんに夢を売る商売なんで、見るほうに、可哀想とかこっ恥ずかしいとか痛々しいとかシャラくさいとか、何かしら居心地の悪さを与えたらもう無理だと思います。やった“事”、やったと報じられている“事”が正しいか正しくないか、許される許されないの問題では、この場合、ないでしょう。よく罪を憎んで人を憎まず”とも言いますが、アイドルならずとも芸能人って“人”がすべてなんですよね。売ってる“夢”が正しければ、正しいつまり美しくキラキラしてれば、それを売る人が汚れててもダサくてもいいってわけにはいかない。

 このブログで触れたか触れなかったか忘れましたが、某興業所属芸人のヤミ営業問題のとき、ビートたけしさんが「芸人が笑えなくなったら終わり。笑えない会見を芸人に顔出してやらせる会社がおかしい」と言っておられたことも少し思い出しました。

 月河は客に数えられる年齢層から大幅に上にズレているので、SMAPにも中居クンにもニュートラルで熱っついファンでも強いアンチでもないですが、SMAPというグループが存在することを知る前に中居クンは単体で知ったのでちょっと思い出す材料はほかの元メンバーよりはあります。

 十中八九、93年だと思います。前の年に自宅のテレビがBS環境になり、物珍しいのでテレビつけれはNHKBS-1か2のどっちか流してた時期なので、妙に記憶に残っています。

 日曜の夕食準備どきに『アイドルオンステージ』というそのものずばりな番組があり、ピンでMCしてたのが当時推定21歳の中居クン。レギュラーに女の子アイドルグループも複数いて、たぶん曲間トークの流れだったと思いますが、「オレはこれから二枚目路線で行くんだ」と宣言、ひとわたり女の子たちに引かれたあとで、いま思えば無謀なことに、ソロで歌い出したんですよ。曲タイトルは見逃しました。なんかあまーいラブバラード。

 ・・・ワンコーラス終わったとこで高齢家族が「可愛いコだけど歌手じゃねぇ」とバッサリいってました。「歌手の声の出し方じゃないもん」。

 月河はもうひと昔前のたのきんトリオバラしソロ売りなども一応リアタイ目撃してましたから「まあこれから売れればうまくなるかもしれないし」と誰からもどこからも頼まれもしないのにフォローしたりして。すると、ちゃんと歌聞いてなかったもうひとりの高齢家族が「この男の子、藤沢周平原作の『腕におぼえあり』に出てたぞ」と言い出し、「学問所にかよってる部屋住みの役だから殺陣とかはないけど芝居は出来るぞ」なんで歌なんか歌ってんだ?しかもズラつけないと茶髪なのか、不良臭いな・・って混ぜ返して、いっとき日曜の食卓が中居正広クンとかいう若手の現在および将来を考える”無責任言いたい放題プチ会議室になってたような。

 94年以降の活躍はご存じの通り。『美味しんぼ』とか『ナニワ金融道』シリーズなど高齢組のほうが熱心に視聴してたかもしれません。

 ただ月河が思うのは、『白い影』『砂の器』等のシリアス路線の作品でも、不思議と脇の、親世代・上司世代役のキャストのほうがこれでもかと粒揃いで濃いぃ事が中居さん主演のドラマの場合特に多かった気がする。そのせいか、“主演中居!”の印象が突出して強烈だったという作品って意外と少ないし思い出せないのです。彼単体のもっと高体温なファンなら違うのかもしれない。

 中居クンの演技が、良くも悪しくも“頃合い”なんですね。アイドルとしてはハタチすぎブレイクで遅咲きだったわりには、役者としてはクセがなく透明感があった。93年の初見のとき、高齢組が「ペットっぽい」と評したように、ガラが小ぶり(低身長)なのも影響したかも。

 この点、同じ元・SMAPメンバーで「何を演っても〇〇」と言われるほうの人とは対照的。身長だけなら言うほど大差は無いと思うんだが。こちらはどうしても作りが天動説方式になってしまうんですよね。

 どちらがいいとか悪いとかではない。思えばあの頃は、昭和四十~五十年代にあった夜8:00台の、小学校高学年~中学生ローティーン向けアイドルドラマという独立ジャンルが退潮して、大人向け一般ドラマと境目が混じってきた時代で、作り手側も素材に合わせていろいろやってみる、或る意味余裕があった。

 役者として咀嚼吸収力が旺盛な年頃をこの時代に生きられて、SMAPも、中居さんもツキがあったと思う。芸能人は時流に乗ってナンボですから、どうしてもどんな時流に生まれ合わせたかの影響は受けるし、時流で命運も決まります。

 芸能生活の終わり方だけに焦点を絞ると、ちょっと“時流で決まり過ぎ”な感もないではない。いや、もちろんご自身の行動で招いた流れですけど。

 タロティストとして、或いはもっと大きく、占いをよくする者としては、少し考えるんですね。どこかの時点で中居さんがクライアントになって来たとして占ったら、たとえば、そうね、「その会食はキャンセルしたほうがいいですよ」「その系統から次のお誘いがきてもとうぶん謝絶したほうがいいですよ」と言えるカードを引けたかしら、と。

 占いの中でも(月河はやらないし肯定的でもありませんが)、生年月日を起点に暦法天文で占う“命占”の占い師さんの一部なら、中学生中居正広クンに「芸能界向いてるから」「身長低くても、音感なくても売れる星持ってるから」とまでは言える人もいたかな。

 ただ、その先は・・ね。埼玉県の道路陥没トラック転落事故といい、最近、人間の運命って?と考えさせられるニュースが本当に多いです。


ハコか布か、帯かタスキか ~風呂敷広げ方畳み方~

2025-01-30 19:28:12 | グッズ

 行ってきましたよーー高齢組ふたり同行で、“世界のトランプ・タロット展”再訪。先々週、開催最終週に。

 ただねー、なにしろ元番の書籍棚と文具棚との間のスペースにテーブル2台の、超コンパクトな展示なので、プレイングカード選びに来たはずのヤッコさんたちすぐ飽きちゃって、ひさびさのメガ書店なもんだからあっちこっち見に歩き回って(徘徊ともいう)すぐ行方をくらますので、園児の引率して来た保育士さんみたいに月河がなってました。

 月河が本展、再訪したのはヤッコさんたちと別の動機がありまして、前回ちゃんと見なかった、置き型と携行型兼用のタロットボックスかケースを本腰で探したいと思って行ったわけです。

 ・・これ結構、切実でね。タロティスト志願者としては、タロットに関係ない野暮用で外出、外回りするときも、或る程度まとまった待ち時間や、会話の流れでタロット関係の話題を展開しても通じそうな相手があるときには、お気にのデッキを携行したい。

 しかしデッキによっては、付属のハードケースが単行本か、前にも書いたけど百科事典の一巻くらいの分厚サイズだったりするので、まるごと持ち歩くのは罰ゲームみたいなもの。バスにも地下鉄にも乗りますからぶつけたり押されたり、うっかり落としたりのリスクもある。

 んで、カード本体だけ取り出して収納するのに好適サイズの、なおかつ携行に耐える堅牢度のケースを、ここずっと雑貨屋さんや3 coinsなど覗いているんですけど、あらかた帯に短しタスキに長し。 目的物が“78枚フル揃ってナンボ”のやつですから、小さすぎたらもちろん入らないけど、タテにせよヨコにせよ、過剰に大きかったら、輸送中に中で揺れて、内壁にコトコトぶつかってヘリやカドの傷みを早めそうなんです。

 結局、デフォルトの付属ケースが、デカかろうが目立とうがいちばん安定だ、ってことなんですけど、それにしても見栄え的にも、中身を出さずにそのへんに置いといてもよさげな小ぎれいなハコ、どっかにないかなーと。

 デッキや占いグッズ専門通販店のウェブで、天然木製の、いい感じにアンティークなスライド開閉式のボックスを見つけたときもあったんですが、商品説明のサイズを検討するとどうにも大きすぎ。外観も、見ようによっては海賊のお宝箱みたいでなんか大袈裟。

 ・・そんなニーズを持って再訪した本展ですが、残念なことにタロット“バッグ”は若干、品揃えあったけどハコ系は無し。バッグなら、巾着型を中心に月河、結構コレクション既にあるんです(タロットカードと相性的にどうなの?っていう、きゃぴきゃぴキャラクター全開の柄・デザインも含む)。巾着って、入れたいモノに優しいんですよね。ジッパータイプのバッグやポーチだと、特にフルデッキの様な四角くて曲がらないモノを出し入れするときにどうしても、ヘリのどこかがジップにこすれたり、こすれそうになったりする。巾着は出し入れ口がやわらかくて金属パーツが一切無いので、この心配がない。

 ・・でも今日は、こういうやつじゃなくて、携行しても、出先でテーブルにトンと置いといてもいい、安定感のある箱型のイレモノが欲しかったんですけど。

 ・・空振りに終わった月河に対して高齢組はグルグル店内回った挙句カレンダーコーナーで“世界の橋”だか“世界の大河”だかの、風景写真の全紙版のウォールカレンダーを見つけてご機嫌。そんなおっきいの貼る壁面あったっけ。そもそもはプレイングカードを見に来た事なんかすっかり物忘れ・・じゃなく忘却の彼方。

 月河が「タロットカードケースあったかなーと思ったんだけどねー」と無念の弁を述べたら、あー、それなら!と高齢家族その2が、帰宅してからいそいそと出してきたのが、60㌢四方ぐらいのミニ風呂敷。シルク風化繊、江戸紫地に一部、七宝つなぎ柄。

 高齢組曰く「持ち歩いて良し、置いといて良しならコレよ」だって。なるほどね。金属パーツもついてないし、モノを出したら,、畳んで置いとける。

 しかも、広げればクロス代わりに敷いて、控えめにならシャッフルもできる。

 そうだこれだこの手があったー!・・・って、このサイズなら、綿ポリエステル混すべすべ素材のバンダナ、結構既に色々持ってるんですけど、確かに持ち歩き効率ならハコ型よりコレだったなぁ。

 デッキごとの、タテ辺ヨコ辺各数㍉~十数㍉差や、78枚重ねたときの厚みのサイズ違いも、風呂敷ならぶつかることなく吸収できる。

 高齢組なればこそのコロンブスの卵というべきか。・・なんかあっけなさすぎて、「それでもボックスはボックスで欲しい!」って自分に対して言いづらくなっちゃいました。こういうときこそニ択一で占ってみるかな。


意志の上にも三年 ~物も良いようでカードが立つ~

2025-01-01 00:27:29 | 日記

 今年も残すところあと100数十min. となりまして、いまNHKラジオらじる☆らじるの配信でN響『第九』演奏会を聴きながら、同じパソコンでこのエントリを打ち込んでいるところです。

 先日の、ニチユ―株式会社さん主催『世界のトランプ・タロット展』で非高齢家族が気に入って、かなり衝動買いチックに買ってきたバンクシープレイングカードが思いのほか高齢組にウケがよく、「こんなのがいろいろあるんなら行って見たい」と言い出したので、年明け会期中に、天気と足元と相談で再訪することになりそうです。

 ジョーカーがゴリラ?オランウータン?の顔してるのとか、ほんと、リアルで笑っちゃうし。

 往年のハリウッドスターのポートレートをジャック~キングとジョーカーに使ったやつとか、“高齢者ホイホイ”なデザインいっぱいあったもの。自分もホントはもう一度行きたかったので、行く自体は歓迎。トランプはタロットより少ない全52枚で、フルデッキでもタロットのそれの半額か7掛けぐらいのお値段なのでわりと敷居は低いです。コントラクト・ブリッジサイズのカードでババ抜きやっても“大貧民”やってもいいわけだしね。

 ・・ゴリラのジョーカーがババ抜きで回ってきたら顔に出そうだな。

 ・・それにしても振り返ると、今年はこのブログでも書いた6月の“断崖出版白雪タロット(仮名)裁断ミス事件”から、月河よく立ち直ってタロットカード研究修業に戻れたなぁと我ながら軽く感心します。

 あの脱力感は自分でも衝撃的でした。人生初めての海外版元直予約→直販購入でテンション上がりきっていたのが、届いたら小学生の夏休みの自由研究失敗作か!ってぐらいの、稚拙そのものの不良品ですもの。

 見た目が超絶お粗末だったこと以上に、検品がまったくされないまま(お給料もらってる検品員でなくても、目が開いてさえいればパッと見で不良品とわかります!)透明フィルムで完全包装され海外便用の梱包を施されてきたという、“魂の入ってなさ”がショックでした。こんな人たちが作るモノに、ネットで見てハマってフトコロ痛めようという気になっていたのかと。

 あのままタロットという世界そのものから熱が引いて、手元にすでに入手済み、開梱浄化して試し展開済みのデッキも、関連書籍ともども買い取り業者さん行きにするくらいやるかと思った。・・自分の事に「思った」ってのもヘンですけど、自分で自分のやりそうなことに予想がつく、それほどの醒めきった“心に穴ポッカリ”状態でした。

 しかしねー。その時点で思っていた以上に、タロットというワールドと月河のご縁はしぶとかったんでしょうね。

 石の上にも三年と言いますが、来年、2025年が明けると、口火を切ってからちょうど3年になります。この関を超えたら、10年行くかもしれない。

 月河の“競馬時代”を思い出します。1991年3月、ヤマニンゼファーのデビュー戦目撃から始まった熱も、94年に彼が引退、“ナリタブライアンひとり勝ち”のシーズンが来ると「もう競馬観るのは自分の任じゃないかな」と思って一度引きかかったんですけど、翌95年にゼファーと母の父が同じマヤノトップガンが現れて強烈に給油され、結局、同じ母の父を持つ仔を見つけては追いかけて、テイエムオペラオーの2001年引退できれいに燃やし切りました。10年。正確には10年9か月。このときほど「やりきった」「興味関心一滴残らず注ぎ切った」感覚はありません。

 “3年超えたら10年続く”、月河の本領発揮成るかどうか、来年の日の出とともに真価が問われます。


展覧会の絵 ~いまタロ、もしトラ~

2024-12-18 21:01:29 | アート・文化

 前のエントリの様な問題提起を自問自答している間というか、ついでというか、地元近くで『世界のトランプ・タロット展』が開催中なので先週行ってきました。

 玩具・ボードゲームの総合卸で日本におけるタロットカード輸入・卸販売とプレゼンテーションのパイオニア的存在であるニチユ―株式会社さんが、不定期で全国の大型書店をまわって出展しているものです。

 二年前にも当地で開催されたんですけど、JRに乗らないと行けない店舗で、雪で道の超悪い時期だったのであきらめました。今年も雪は積もっているんですが、JRよりは安定の路線バスでアクセス可なロケーション。

 久々のメガ書店で、展示場所を探すのに戸惑いました。書籍ではない、文具ではない、遊具、玩具ですからねぇ。途中から合流した非高齢家族が、「オモチャなら、児童書とか絵本とかのコーナーじゃないか」と言うので入ってみましたが、「いやこの空気は違う!」・・お子さんの目の高さで見やすく手に取りやすいように、陳列棚が低い。てことは腰が痛い。

 結局時間がもったいないのでサービスカウンターで訊きました。文具スペースと書籍スペースの間の、ちょうど動線のコーナーに当たる柱の影。こりゃ見つからんわけだわ。

 “タロット・トランプ各100種”とのフレコミでしたが、大きめのテーブル一台と大きくないテーブル一台。とっても小ぶり。

 大きめのテーブルの真ん中にボードを立てて仕切って、半分がタロット。もう半分の大方がトランプで、ルノルマンカードも多少。

 大きくないほうのテーブルは二段の高低にして、カードデッキを入れるポーチ、バッグ、下段はボックスと書籍。

 とってもこぢんまりして、よく言えば、ぜんぶ隅々何回も見ても疲れないヴォリュームの展示会でした。

 展示品の中に、月河がすでに入手して、実占レッスンにはもったいなくて、陳列して日夜眺めているデッキが二組、あったのにはニヤッとなりました。タロット始めて3か月ばかりで、まだちょっと贅沢か?背伸びか?と二週間ぐらい逡巡したんですが、メーカーがスペインの会社。日本で入手できるのはかなりレアだと思ったので手を出してしまったアイテム。

 それも二組まとめて。いま思い出してもよく勇気あったなと思います。現代アーティストもののデッキです。二組、作風が対照的で、それもどうしても欲しくなっちゃった理由の一つ。

 こうして精鋭の展示品に選ばれるという事は、ニチユ―さんでも人気なのかな。それにしてもお値段が、月河が買ったときより三千数百円、お高くなってたのはビックリでした。輸入品はぜんぶそうでしょうが、円安がこたえますねぇ。

 この値段だとスイスイ、飛ぶようには売れないだろうな・・と思うとともに、タロットの魅力をもっと、フリーのお客さんにもアピールするには、箱に入って透明シュリンクフィルムで密封された状態で並べるより、たとえば大アルカナの“愚者”さんだけ拡大コピーしてボードに貼るとかしたらいいのにな、とも思いました。

 “愚者”のカードって、タロットビギナーでも好きな人多いと思います(“タロット 愚者”で検索すれば即画像出てきます)。タロットの作画デザイン手掛けるアーティストさんって、洋の東西を問わず変わり者が多いそうなんですが、“愚者”の寓意=自由、気まま、現実離れ、奇矯、ひょうきん、楽観主義、唯我独尊・・など、いろんな角度から造形、彩色、潤色、演出しやすくて、アートの人たちの感性にすごくフィットするんだと思う。

 月河も、欧米のカードメーカーや、ニチユーさんなど国内大手卸販売のサイトで好みの作風のデッキを見つけると、まず“愚者”を探して見ます。商品ページに載っていなければ、外部サイトで開梱ウォークスルー動画を探して、ほかのデッキと比べたり。寄り道が過ぎて肝心のカード意味背景の探求や、スプレッド研究のほうがそっちのけになることしばしば。

 今回の会場は、ニチユーさんイチ押しのオザワミカさん作画“ハートオブゴールド”タロットが大アルカナ中心にスパイラル型にボードに展開して展示されていました。そうそう、これをやってくれると牽引力、アピール度が高まる。

 白地に、ツヤ消しのマットゴールドと黒の線描イラストで、繊細で素敵な画風ですが、ちょっと月河のストライクじゃなかったので見送り。お値段もハートにくる。国産なんですけど。

 合流した非高齢家族が、テーブルの反対側の、トランプの、とりわけセクシーグラフィックのやつになみなみならぬ興味を示していましたが、最終的にバンクシープレイングトランプを高齢家族へのお土産に購入してました。

 タロティストを目指す月河はトランプにアプローチしたことはなかったんですが、トランプのワールドもあなどりがたく深いですね。近世・近代のレジェンド芸術家の作品をフィーチャーしたタイトルが多い印象です。ゲームカードとしてだけでなく、もちろんトランプも占いに使うやりかたがあるんですよね。嵌まるとこっちも沼いきそうだな。非高齢組に任せよう。

 来年からは再びのトランプ時代だし(?)。

 結局展示品じゃなく元番の占い書籍コーナーで、伊泉龍一さんの分厚い本を買ってきました。月河って、実際、カードをいじって占いなりやるより、カードについて書かれた蘊蓄をひもときつつ絵柄を矯めつ眇めつ眺めるのが一番好きなのかもしれない。


タロット自問自答 ~可不可の審判~

2024-12-15 20:52:52 | タロットカード

 前のエントリで自問してみた“タロット占い、同じ質問を再度占うのは有りかナシか”問題。

 いろいろな占いプロパーさんの本やサイトで、当たらずとも遠からず的な答えを見てきたんですが、月河が自分なりに到達したのは、

①「占い結果(=スプレッド展開)を見て、満足できなくて(=期待していた展開・意味と違った)、“その足”でもう一回、同じ占法スプレッドでやり直すのは、はっきり“ナシ”」。

②「“違うな”と思ったら、質問を変えて、スプレッドもそれに合わせて変えて、問題に違う角度から光を当てて読み直すのは有り」。

③「同じスプレッドでどうしてももう一回やりたいなら、状況に対してワンアクション動いてみる、そこからワンリアクション受け取ってみる、あるいはワンムーヴ起きたのを見とどける、その後なら有り」。

 ①がアウトだと思うのは、そもそも、最初の占い結果を信用してない行動だからです。これはいちばんあるまじき態度で、カードにも、読む自分の感覚にもそっぽを向かれて、どんどん碌な答えが出なくなると思う。

 ②は自分のリーディングスキル、持久力、着眼点発見力への挑戦です。

 月河が思うに、タロット占いって、知りたい疑問について“カード一枚で答え一項目”と切り分けて質問を絞り、最適なスプレッドを選び組み立てるまでで七合目ぐらい行きます。同じ疑問に対して“角度を変えて”組み立てるのは結構アタマを使いますが、これができたら、再占でいちだんと最適解への距離が近づく、ポジティブな占い直しではないかと思います。

 プロ占い師さんで積極的に薦める人はあまり居ないかもしれず、個人的にも、“疑問ひとつは一回の占いで”が理想だと思いますが、押してダメなら引いてみな的に、こうやって深掘りするのも“有り”にしとくと、占いに臨むについて余裕が出ます。

 ③は必ずしも、一晩寝て起きてからならとか、一週間後ならとか、“時間”がセーフにするものじゃないところが月河なりに到達したポイントです。タロットカードは、質問の現在状況を言わば“切り取り動画”で見せてくれるもので、占った時点で、何にどちら方向に、どのくらいの強さでエネルギーがかかっているか、あるいは何がどれくらいのエネルギーを発して、それが何にどれほどの影響を与えそうかを切り取ります(切り取ってカードで示されている絵を占者・質問者がどれくらい正しくリーディングできるかに最もかかっているんですが)。

 だから、人に関する質問なら、その相手にひと声、電話一本メール一通でも送ってみる、それに対する返信有る無し、既読になるならないで、状況が微妙に、或いは意外に大きく、変わり得ますから、そこで再占はして可だと思う。

 何時間、何日おいたから可とか、昨日の今日だから、或いは今朝の今夜だから不可とか限ったことではない。大事なのは、カードに訊きたい疑問・問題の状況が動いたか、動かすために何かしらやってみたか、やってみた結果何か反応がみられたか、みた質問者はどう思ったか感じたか・・という所です。何かが動いた、動かした後なら、再占アリ。必ず・・とはいかなくても十中八九、前回の結果と違う、よりピンとくるカードが展開するはずです。と思います。

 ②、③で可とできる再占いって、ちょうどホラ、ゴルフでグリーンのいいところに乗ると、カップまでの芝目をよくプロがアイアンの軸、顔の前に立てたりして読んでるでしょ?スライスになるかフックになるか、どれくらいきつく曲がるか、読んで読んで結局「強めに打ってストレートにする」

 オーバーになることを恐れない、グリーン攻めのうまい人ほどこれやりますね。

 タロットも、“有り”にして強めに打つ=質問する、この精神が大事だと思うんです。同じ疑問の再占についてに限らず、有りかナシかで迷ったら、有りにできる条件を、自分で考えればいいんです。