
HBO製作のミニシリーズドラマ「HERO 野望の代償」の計6話を見終わったので感想を残す。
最終話を見終わり、しばらく余韻が残った。
「ゲーム・オブ・スローンズ」などの大作ドラマだけでなく、こうした小粒でもしっかりとしたドラマを製作できるHBOはさすがだ。そして日本での視聴ニーズは低いと想像されるが、それでも放送してくれたスターチャンネルに感謝。
監督は映画「クラッシュ」でオスカー作品賞を獲得したポール・ハギス。主演はオスカー・アイザックで、本作でGG賞を受賞。
1980年代後期から1990年代初期にかけて、ニューヨークのヨンカーズ市で実際に起きた、公営住宅の建設を巡る人間模様を描く。登場人物たちは実在の人物をモデルにしていて、ガチな実話系社会派ドラマだ。
日本語タイトルから「英雄になった男がその野望の代償を支払うことになる」みたいな話を想像していたが、全く違っていて「野望をもった男が政治の力によって英雄になった」という解釈が正しいように思う。これは政治の力を捉えた普遍的な物語だ。
オスカー・アイザック演じる主人公のニック・ワーシスコは28歳にして当時最年少となる市長に当選。ヨンカーズ市は大きな問題を抱えていて、彼の市長就任のタイミングでその問題がついに炎上してしまう。低所得者向けの公営住宅を市内に建てることを州の判事から長きに渡り命じれていたのだが、のらりくらりと避けてきたヨンカーズ市に対して、ついに判事の堪忍袋の尾が切れ、建設を進めないと市の財政が破たんするほどの罰金刑を言い渡す。ヨンカーズ市が公営住宅の建設を拒んできた理由は、その多くを占めるアフリカ系、ラテン系の低所得者が移住してくることで、治安の悪化や地価の下落を懸念していたからだ。背景には白人市民たちの偏見と差別意識があり、市民たちの猛反発が市議会を動かしていたといってもおかしくない。
正義は明らかに判事側にあるように思う。ヨンカーズ市民たちにも様々な背景があるのだろうが、自らの保身のためだけに抵抗する。そこには恵まれぬ境遇に苦しんでいる人たちへの理解は見当たらない。弁護士でもあったニックは司法に従うしか道はないと判断するが、市会議員のなかには住民側の立場に立ち、最後まで司法の判断を退けようと悪あがきをする者がいる。判事の命令に応えるかどうかは議会の多数決に委ねられるが、そうした反対派の票によって公営住宅の建設がなかなか進まない。ニックは司法と市民の板挟みに苦しむことになるが、それでも必死に市民たちの理解を求め、反対派議員を説き伏せようと奮闘する。
本作の最大のポイントは、そんなニックのモチベーションもまた、市を守るという保身のためでしかないということ。判事からお尻を叩かれているため、公営住宅の建設を進めざるを得ないのだ。それは自分たちの市を守り、ひいては市民を守るためであり、公営住宅を建てることで貧しい人たちを救済しようという信念ではない。
ニックと市議会、そして市民たちの攻防の様子と同時進行で描かれるのは、アフリカ系、ラテン系の低所得者層の4つの家族のドラマだ。白人たちの偏見とは無縁で誠実に生活を送るも、恵まれぬ境遇から招かれざる様々な問題を抱えている。彼らの手助けをすることが司法の目的であり、ニックが推し進めることは彼らを助けることに直結する。最終的に公営住宅は建設されることになるが、ニックはヨンカーズ市が潰れずに済んだと安堵したことだろう。しかし、結果的にそれは多くの人たちを救うことになった。市民からの猛反発を受けたことで市長への再選に失敗した彼が、公営住宅の居住者抽選会場で入居決定に喜ぶ人たちを眺め、自分が達成した事業の価値に気付き、噛みしめる姿が感動的だ。どういうモチベーションであれ、政治の決断は多くの人の人生を変える力を持っている。
ニックを演じたオスカー・アイザックが素晴らしい熱演をみせる。実年齢よりも一回り若い男子を等身大かつエネルギッシュに演じる。勇敢さと未熟さがよく表現されている。映画での彼の出演歴を見る限り、最もノーマルなキャラクターを演じているようだが、その実在感はさすがで、巧い役者は何をやっても巧いんだなーとしみじみ。来月、日本でようやく公開される「エクス・マキナ」や、8月公開の「XMENアポカリプス」でのパフォーマンスにも期待だ。他の出演陣にはアルフレッド・モリーナやキャサリンキーナーなど、映画界で活躍する玄人好みな俳優たちも、重要やキャラとしてキャスティングされていてドラマのクオリティを引きしめてくれる。
ニックは理想家ではなく、大変な野心家であった。市長の再選に失敗して以降も、権力の座につくことに固執して何度も挑戦をする。ときには親しい友人ですらも裏切ろうとする非情さも見せる。衝撃的なラストを含め、ニックという人物を美談として語らないストーリーが秀逸だ。
決して大きくはない史実を、その機動力を活かしてドラマ化する海外ドラマの懐の深さよ。この製作スタンスは日本のTVドラマ界も大いに見習うべきと感じる。
【70点】
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