まさかの涙腺刺激。ホラー映画であると同時に、輝ける子ども時代を描きとった青春映画。個人的には後者の趣が強かった。舞台となる時代と登場キャラの年齢が自身の時代と合致していたため、ノスタルジーを強く感じてしまい、いつもよりも過剰に映画の中に入り込んでしまった。子どもたちの勇気と友情に何度も胸がアツくなる。「怖がらせ」のホラー映画としては不十分かもしれない。だが、それ以上に多くの魅力が詰まった映画。子どもたちと実は表裏にある怪物像が秀逸で、「イット」こと「ペニー・ワイズ」を生み出したスティーヴン・キングの天才ぶりを再認識する。自分が子どもの頃、怖かったものって何だろ??
公開初日に観た。この前の「アナベル~」と同じく、客層がいつもの洋画よりも明らかに若い。そしてみんな友達と連れだっているようだ。恐怖体験の共有といった感じだが、鑑賞中のリアクションは「アナベル~」と違っていた。それもそのはず。本作を「ホラー映画」とひとくくりにすることはできない。
原作は未読、オリジナル版の映画も観たことがないので、もともと面白い物語なのかもしれないが、本当によくできた映画だった。物語の概略は、子どもの失踪事件が多発する田舎町で、ピエロ型の悪魔(?)が子どもたちを脅かすという話。
ほぼ子どもたちしか出ていない映画なのに、R15指定。主人公の少年と彼の幼い弟に訪れる悲劇から幕をあけるが、子ども相手に容赦ないバイオレンス描写で驚く。天使のように可愛い幼児でも悪魔は容赦しないのだ。従来の映画で子どもに対する安全描写は、作り手の忖度ともいえる。本作は「子どもだから大丈夫」という幻想を冒頭から断ち切る。
ピエロ型の悪魔である「ペニー・ワイズ」は、子どもたちが日々感じている恐怖に化けて、取り憑き殺す。子どもたちが抱く恐怖の形は三者三様で、自宅の壁にかかっている不気味な絵画が怖いなど、子どもらしい他愛のないものから、深刻な家庭環境に起因するものまで様々だ。子どもたちの恐怖の形は、いわば子どもたちの個性とイコールといえる。本作では7人の仲良しグループが登場するが、それぞれの個性を惜しむことなく丁寧に取り上げていく。彼らは学校生活において陰に追いやられる負け組だ。そんな彼らが友情を育んでいく様子が瑞々しく描かれる。ホラー映画であることを片時忘れてしまう。
本作では大人たちがほとんど登場しない。正確にいえば、子どもたちの親が数人出てくるが、いずれも彼らの背景に留まり、物語の展開に直接的な影響を与えない。すべて、子どもたちの目からみた世界でまとめられている。その世界は、大人がみる世界の2倍大きくて、恐怖の対象も2倍怖いと感じるに違いない。彼らにはやっぱりいじめっこがいて、それが悪魔のように怖く描かれているのも、そんな発想から来ていると思えた。
つい、自分の子ども時代を思い返してしまう。周りの友達の個性が一番はっきり見えていたのは、本作の主人公たちくらいの年だったと思う。それぞれの性格、それぞれの家庭環境がもろに個性となって表れ、友達に対してそれまで気にしていなかったことが気になり始めた頃だ。ワケありな友達や、いらぬ風評が立っていた友達もいた。アメリカと日本と舞台はまるで違うも、彼らの人間関係に「わかるなー」と何度も共感してしまう。1人の女子をめぐって、すれ違うロマンスなんかも堪らなく思い出のツボを刺激する。自分が怖かったものを思い出した。テレビで放送していた「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」で心臓を抉り出すシーン。
そんな子どもたちを餌食にするのが本作の怪物「ペニー・ワイズ」だ。7人それぞれの恐怖に化けるが、そのホラー描写がバラエティ豊かで面白い。「それ」は子どもたちの恐怖から生まれている。その設定に気づいた彼らはペニー・ワイズに打ち勝つために、自身の内面にある恐怖と向き合う。とりわけ、主人公が抱える罪悪感から派生する恐怖や、紅一点のベバリーが抱える残酷な家庭問題は大きな勇気を伴わせるものだ。大小様々な恐怖への克服が描かれ、彼らの成長へと繋がっていく。俯瞰するとペニー・ワイズの存在が、子どもたちが大人へと成長するための通過儀礼のように見えてきたりする。
メタファーなキャラにも見えるペニー・ワイズだが、ホラーエンタメ映画としてクライマックスでは大いに展開を盛り上げる。畳み掛けるようなアクションシーンに圧倒される。ここでも「子どもらしい」妥協は排除される。負傷しながらも、子どもたちがヌルくないハードな一斉攻撃をペニー・ワイズに見舞う。ずっと応援モードだったが、さらにボルテージが上がってしまう。
本作の監督はアンディ・ムスキエティで、4年前の「MAMA」を撮った人だ。前作ではホラー映画を通して母性を描いたが、本作ではホラー映画を通して子どもたちの友情と成長を描く。本作で興行と評価の両面で成功を果たしたことで、今後大きな機会に恵まれると期待する。この間、最新シーズンを見終わったNETFLIXのドラマ「ストレンジャーシングス」とプロットは良く似ているが、本作のほうが断然完成度が高くて面白い。とにかく子どもたちがイイ。子どもたちメンバーのなかで牛乳瓶メガネで「おしゃべり」担当のリッチー役のフィン・ウルフハードは、「ストレンジャーシングス」の主人公のコだった。ドラマとは打って変わって脇役に徹しているのが新鮮。今後が楽しみな逸材だ。また、男子たちのマドンナとして登場するベバリー役のコも魅力的で、納得感のあるキャスティングだった。あの頃は、女の子のほうが大人っぽい。
描かれていたのは、子どもたちの一生忘れることのできない夏の日の記憶だった。それは恐怖の記憶であり、一生モノの友情を育んだ思い出の記憶でもあった。もう戻ることのできないあの日。。。清清しさと儚さを感じさせるラストが素晴らしく、余韻のあまり、なんだか泣けてきてしまった。彼らの大人になった後の続編は、いらないかな。これで終わりでよい。
【88点】