退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「英国風数学パスルとイケメンの日本酒好きもしくは文化あるいは趣味」について

2018-11-09 02:04:25 | Weblog
晴れ。まだ昼の日差しは熱い。

H・E・デュードニー「カンタベリー・パズル」を途中まで読む。

いかにも英国風な数学パズル。
ただしこちらはそれほど余裕がないのでちょいと「味見する」のみ。

この種のことをずっと考えるためには「恒産」が必要かも。
「恒産=安定した資産」ということでよろしく。

というか今の生活スタイルではちょっと無理。
元々あちこちに興味を抱くタイプでもあり。

「ご縁」があっただけでもマシくらいに思っておく。

深夜「鶴瓶の家族に乾杯」でゲストが三浦春馬の回を観る。

かのイケメンが本格的に日本酒が好きな様子がグッド。
生産工程まで知っているのだから。

かつて友人の誘いもあってあれこれ飲んでみたことはあるものの。
現在は安い焼酎とゴードンのジンのみ。

「いいものを作っていても生き残るのが難しい」という酒蔵の主人の言葉よ。
「秋鹿」という銘柄は覚えておくことにする。

大阪の北に「豊かな土地」があることを確認した次第。
「押しの強くない昔の大阪人の姿」も。

何より「浄瑠璃」がいまだに盛んなことに驚く。
こういう文化は大切にしたいもの。

それとは別に。

知り合いの若い男子の言うことにゃ。
リドリー・スコット「ブレードランナー」(’82)の結末がわからないと。

彼曰く「なぜ最後にレプリカントはブレードランナーを殺さないんですか」。

「すべての時はやがて失われる、涙や雨のように」とルトガー・ハウワーは言った。
「死ぬ時が来た」と。

「人間らしさ」を人間以上に見せることが「レプリカントの『人間の証明』」じゃないか。
胸の中であれこれ思いつつあんちゃんには「ダメだね」と答えて終わりに。

歴史を振り返ればアメリカの日系二世たちが
「アメリカ人以上にアメリカ人であろうとした」過去があることも知らず。

「感情のフック」というものがかくも「貧しいもの」であることを知っておきたいもの。
「カタルシス」は一瞬だが「感動」は永遠などと敢えて。

ベトナムで米中隊と行動を共にした開高健が辛うじて生き延びた後
「その感覚がすぐに消えた事実」を報告しているのも忘れずに。

「象を撃つ」を書いたオーウェルを「24金の率直」と呼んだのはいかにも。

「伝わる人には電光石火」だと思いたい。
いやはや「趣味」に走りすぎるとこうなる。

いつもそうでしたか、ハイすみません。
コメント
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