かつてのひまな野球人の記

野球が好きだった医者が書きたいことを書き散らすブログ。今は保健センター教員をしつつ神経内科医と研究者もやっています。

緊張の初日

2010年07月21日 21時22分01秒 | 医者仕事
6週間ごとにかならず巡ってくるのだが、やはり初日というのは緊張するものである。神経内科はやはり一番馴染み易くもあり、とても楽しかっただけに離れるのはなかなかに辛いものがあったがそれも規則なので仕方がない。
今日から42日間は循環器科に行くことになった。受け持ちは10人に増え、当然のことながら仕事も増える。いくつか目の行き届かないところも当然出てくるわけで、その都度冷や汗をかきながら処理をしていくわけである。今日は初っぱなからなんとなく嫌な出だしになってしまった。というのは採血をしくじって何回も刺すハメになり、ちょっとばかり自信をうち砕かれてしまったのであった。さいわいルート確保はスムーズにでき、他の採血は難しいながらも何とか成功したので完全にダメな日というわけではなかったようである。
仕事をこなしているといつの間にか夜になっていた。やはりこうでなくてはいけない。
夜に電話がかかってくる不安というのは6週間ぶりのことである。そう思ってみると、6週間ちょっと前には当然のことだったのだから、何をそこまで不安になることがあろう。

眠気と戦う引き継ぎ

2010年07月20日 23時59分24秒 | 医者仕事
当直明けの勤務はいつもながらそれなりにしんどいものがある。やることはさしてないのだが、今日大事なことは引き継ぎである。自分が受ける方と渡す方と両方あるわけだが、渡す方は容易なものである。
一方、受けるほうはというとこれはなかなか大変。というのは、ひとえに人数が多いためである。当然のことながら十人十色でやることは様々。もちろんメモを取りながら聞くわけだが、新しい場所で若干の緊張は否めない。
そして、新しい指導医にあいさつ。いよいよ明日から新しい業務が始まるのだが、いつも通りであれば最初の2週間ほどは慣れなくて難儀することになるだろう。なかなか大変そうである。

陽気とアブラゼミ

2010年07月19日 18時27分48秒 | 一般
いつの間にか梅雨明けしたらしい。もう一雨あると思っていたのだが、見事に裏切られた形である。気付けばあちこちから蝉の声が聞こえ、アブラゼミが優勢だろうか。もはや夏の風景である。
気温と共に日差しもなかなかのもので、外に出たいがそれなりの用意も必要になってきそうな雰囲気である。車に乗って、音楽にものりながら楽しく都内をうろうろ。エンジンの振動も心地よいもので、これはこれで車の魔性かもしれない。
さて、今日はこれでは終わらない。というのは今夜は当直だからで、たぶんあまり寝られないままに明日の引き継ぎに臨むことになるからである。大変なのは、これからである。

逢魔が辻

2010年07月18日 23時05分56秒 | 雑談
どの時間に眠るか?これは結構真剣な疑問。
不規則というほどの仕事でもないが、たまには夜間も仕事をしなければならないのでその時にいかに元通りのサイクルに戻すかが問題で、そのときに睡眠をいつとるか、いやとれるか。仕事によっては眠っている場合ではないこともあるわけだが、それならそれでおそらく終わった途端にそのまま寝入ってしまうのであろう。
疲れというのか、睡眠のサイクルが乱れると戻しきらないうちはおかしなことになるので面倒なことになる。その時間帯というのは起きていても覚醒していない危険な時間帯で、仕事にも影響があるのでできるだけなくしたいのだが・・・。
要するに、ふと横になって眠ってしまった後に悔やむのはやめたいというだけなのだが。

就職活動もどき

2010年07月17日 23時59分12秒 | 一般
久々の母校。卒業して以来なので実に1年と4ヶ月ぶりになる。
日差しの照りつける中、出かけていった。しばらく行かなかったというだけで不思議と浦島太郎のごとく周囲を見回せてしまうのを止められなかった。お上りさんとでもいえるだろうか。
まずはブースに行ってご挨拶。それ以外にも懐かしいというか、久しくあっていない顔を見てしばしおしゃべりに花を咲かせる。普段同級生がいないこともあってことのほかうれしかった。ついでに瀬佐味亭に行った。かつては行きつけていたが、ブランクは1年以上になってしまい、久しぶりもいいところであった。
臨床講堂で話を簡単に聞いたが、わざわざ聞くほどの話はなかった。ただ、椅子に座ってエアコンの効いた場所にいられたということに価値はあった。その後は時間つぶしであった。
時間になったので入局説明会。とうとう「入局」という言葉が現実味を帯びてくることになった。話は短かったが、もう迷う余地はない。
東天紅に移動して懇親会。色々と話が聞けてまずまずといったところか。面接は秋になるらしい。それで本決まりだそうな。

シンプルな答

2010年07月16日 21時51分58秒 | 医者仕事
今日は発表をしてその後、準備で疲れた体を休める腹づもりだったのだがそうはいかなかった。唯一の受け持ち患者の呼吸状態が悪化し、挿管しているはずなのにも関わらず吸引でも改善しない。そして、空気の入りが異様に悪い。しかしながらレントゲンでは肺はきれいそのもので、気胸もない。首を傾げるも何もしないわけにはいかず、人工呼吸器を持ってくることになった。
しかし、機械につないでもそれでも良くならない。気管チューブを抜いてみると答はすぐにわかった。痰が固くなってチューブをつまらせていたのである。これでは空気が入っていくはずがない。
わかってみればどうして気付かなかったのかわからないほどのシンプルな原因ではあったが、なかなかどうして思い至らないものである。気管チューブを交換すると効果はてきめんで、呼吸状態はいっぺんに安定した。しかしながら二酸化炭素の貯留はなかなか改善しない。自発呼吸もちょっと怪しい。となると人工呼吸器からの離脱はしばらくは難しいだろう。管理が難しいのはこれからである。

仕事の合間に

2010年07月15日 19時12分33秒 | 医者仕事
もう最終週に入っており、木曜日も今日が最後。したがって、リハカンファも脳波読み会もこれが最後である。先週とは受け持ちがそっくり入れ替わっており、するべきことも全く違う。といっても、今回は入院中のリハビリをお願いしているだけでそれ以外には特にないので話す内容もそれほどなく、転院先を探すという話もないのでわりと簡単に済んだ。脳波も今週はちょうど受け持ちの脳波があったのでそれを見るだけのこと。かなりの部分に筋電図の混入が見られ、まともに読める部分はそれほど多くはないので、書く内容もいきおい少なくなる。
さて、その仕事の合間に文献をいくつか読んで明日の発表の準備。昨日も遅くまでやっていたので眠くなるかと思ったが、意外にそうでもなかった。またこれから準備である。

思わぬ進行

2010年07月14日 21時39分05秒 | 医者仕事
感染症の扱いが仕事の中心になった。もはや神経は特に関係がなくなってしまった。抗生剤を始めて、点滴で水分を補いつつ熱がおさまるのを待つという状況になった。となるともはややれることは時間が過ぎるのを待つほかにない。
ただ、この状況に至る前にいくつかやれたことが残っているのは残念なことである。思い返すと次から次へとやったほうがよかったことが思い浮かんでくるのだが、結果論の域を出ない。まだまだ力不足であった。

夜のうちに

2010年07月13日 20時33分07秒 | 医者仕事
いつの間にか受け持ちが挿管されていた。自発呼吸はきちんとあるので、喀痰による気道狭窄が呼吸状態悪化の原因であって人工呼吸は特に必要としないのはせめてもの幸いであった。
これはちょっと予定外のことで、入院初日のことであるから入院してなければえらいことになっていた。いまのところ酸素を吹き流している状態で酸素飽和度を見ながら調節している段階である。あまり点滴はしたくなかったが、ことここに至れば致し方ない。抗生剤を落とすことになった。特にそれ以上のことはなさそうなので確実に気道が確保されたことでまずは一安心。後は感染が収まるのを待つしかあるまい。誤嚥も考えられるが、ウイルス性の可能性もあり、そうなれば抗生剤は無効。去痰剤などの対症療法しかない。腎機能には問題ないので補液はある程度入れても大丈夫で、残るは完全に呼吸状態との相談になる。
落ち着いていれば特にこちらの出る幕もない。抜管もしばらくは無理だろう。あとは時間が治してくれるのを待つのみ。

受け持ち総替え

2010年07月12日 23時33分24秒 | 医者仕事
出入りの激しい日だった。
まず、出るほうはというと予定通り転院していって、これについては準備してあったので特に何も問題はなかった。このために受け持ちが一時的に0人になった。
自分の中の予定としてはそのくらいに新しい入院が来るはずだったのだが、思いの外遅くてすこしバタバタしてしまって昼はあわれなことに食いっぱぐれになってしまった。入院時というのはとかく色々とやらなければいけないことが重なって忙しくなりがちなのだが、今回はそれと呼吸の問題があってまたさらにややこしくなった。
おまけに選挙とサッカーのために高揚感のみでなんとか体を動かしているようなもので、帰ってからは支えるものがなくなりあっさり沈没。スイッチが切り替わるかのごとく泥のように眠ってしまった。ちょっと休むつもりが長くなるというのはよくあることだが、ここまでのは珍しいくらいである。