かつてのひまな野球人の記

野球が好きだった医者が書きたいことを書き散らすブログ。今は保健センター教員をしつつ神経内科医と研究者もやっています。

久しぶりのRSTカンファ

2011年11月30日 23時54分37秒 | 医者仕事
RSTとは呼吸サポートチームの略称のようである。要するに、自分の受持患者に人工呼吸器が装着された人がいる場合に行かなければならないのだが、実は行っても大したことはないという今ひとつ位置づけの微妙なカンファである。
以前固有症を受け持っていたときにはずっと呼吸器を着けている人がいたのでずっと出ていたのだが、10月からのチームでは今までそういう人はいなかったので行ったことはなかった。先日人工呼吸器を装着した人が入ってきたので、再び出ることになったということである。
ところが、今日は用事が立て込んでいて私は出られなかった。しかし、私が出られなくても特に問題はなかった。そういうカンファなのである。
どちらかというと、問題はカニューレ交換のほうであろうか。

回診の冷や汗

2011年11月29日 23時48分35秒 | 医者仕事
火曜日の回診は結構時間がかかる上になかなか大変なイベントである。ここで一番気にするべきポイントは、回診の時に自分の受持患者がきちんと病室にいるようにすることである。実はこれが一番大変なことで、検査があったりリハビリがあったりでいなくなっていると話が面倒になってくる。
11月の回診はこれで終わりなので、交代する研修医にしてみれば事実上11月は終わったも同然であろう。あとは我々は次との円滑な引き継ぎが行われるのを願うのみである。

すんなり月曜日

2011年11月28日 23時42分44秒 | 医者仕事
幸運なことに新患が1人しかいなかったので、カンファの準備としてはそれほど手間がかからなかった。こういう月曜日は珍しいもので、とてもありがたいことである。
もうじき研修医の交代の時期なのだが、今年は今のところ研修医のいないチームはできていない。去年はそういうことがあったようで、その場合はチューベンがやる仕事が飛躍的に増えてしまうのだが、これまたありがたい。私が神経内科固有症を受け持つのは今年度は来月まで。来月も研修医がついてくれることになったので、少なくとも私はその心配はいらなくなった。引き継ぎの準備をしている研修医をみて、そんなことをつい考えてしまった。ろくなことではないが。

ささやかなお祝い

2011年11月27日 23時54分59秒 | 一般
今日は私の父の誕生日祝いと教授就任祝いということで、嫁さんと連れだって実家に行った。
昼間に車の点検整備があったので、ついでにデパートに足を伸ばし、おせちとお歳暮の手配をしてからケーキを買って持っていった。
あれこれ動いていると時間はすぐに過ぎてしまう。一日一日が早い気がするのは、楽しいことをしているからだろうか。
車の整備を終えて、家に帰る途中にガソリンを満タンにした。今年ガソリンを入れるのはこれで最後だろうか。最近の運転の頻度と距離を考えるとそんなもののような気がする。
いろいろ話をして、それから車に乗って家に帰ってくる。今のマンションの駐車場を借りてから車で移動する頻度は増えた気がする。今の車の使い方からするとそれは悪い話ではない。

末長くお幸せに!

2011年11月26日 20時56分15秒 | 一般
今日は部活の先輩の結婚式に招かれた。
私は結婚式に招かれたのはこれが初めてで、図らずも自分の結婚式のほうが先であった。久々に式服を引っ張り出し、試着してみた。以前着たときは胸まわりと太腿のまわりがきつかったが、今日はまったくそんなことはなかった。
シルバーのネクタイとポケットチーフ、そして真珠のタイピンとカフリンクスを用意し、ご祝儀も用意し、準備万端で出発した。
神経内科には部活の関係の人は誰一人としていないので、部活関連の人に会ったのは本当に久しぶりだった。もちろん、本日の主役とも。卒業して以来会わなかった気がするから、5年ぶりくらいになるだろうか。野球をしていた頃はついこの間のように思えたが、カレンダーをめくってみると確かにそれだけの年月が経ってしまったのであった。一緒にやっていた人々は皆医者になっている。
式はチャペルでとりおこなわれ、花嫁姿は実に美しかった。そして、幸せそうだった。儀式ではあるのだが、人生の晴れ舞台、それそのものに大きな意味があるのはもちろんである。非日常の中だからこそ。
そして、披露宴。私は「存分に愛されて育った人は人を存分に愛する人になれる」というようなことを率直な印象として持った。どれだけ愛し愛されたか、それが少しも嫌な形でなく、しかもはっきりと表わされていて、心がポカポカと暖まるような心持ちがした。私はかつて自分の結婚式で挨拶したとき、自分がどれだけ愛されて育ったかがわかったと語ったことがある。古い写真のなかにあった光景はそれを確かに物語っていた。今日、客の側から見て、感じたことは、当事者と第三者という違いこそあれ、感情としては同じものだったように思えた。
そして、私は先輩という人間をどこまで知っているかといえば、野球を通してしか知らないわけで、
ましてやお嫁さんに関してはそれこそ皆無である。今日見た様子だけでは何も的確なことは言えないかもしれないが、見た様々なことから推して私としてはうらやましいばかりのお二人であると言わずにはいられなかった。隣の家の芝生だとしてもである。
私は心の底から祝福する。本当におめでとうございます。末長くお幸せに。

先輩はここのフォロワーであったようである。
とかれば、まだまだ書き続けなければなるまい。

目を離す準備

2011年11月25日 23時50分20秒 | 医者仕事
今度の週末は両日ともに予定が入っているので、その分金曜日にしっかりと準備をしておかなければならない。うっかりしていると月曜日の採血を入れ忘れてしまうので、そのあたりが面倒なところである。
夕方には病棟カンファがあった。我がチームはオーベンが外勤から戻ってくるのを待ってからになるので、毎週遅くなるのは仕方がない。その後でいろいろ動くことになればどうしても終わるのは遅くならざるを得ない。最近は金曜日によらず終わるのが遅くなっている気がするのだが、いろいろ考えなければならない人が多いからどうしても仕方がないところもあるのだろうか。
とりあえず、この週末は目を離しても大丈夫そうなのでほっと一息といったところか。

おもわぬ出費

2011年11月24日 23時55分37秒 | 医者仕事
家を出るのが少し遅れてしまい、あわててタクシーで外勤先に向かった。思った通り時間は電車を使うよりもかからず、間に合ったのだが、タクシー代はそれなりに痛かった。ほんの数分早く出ていればよかったのだが、朝の時間の使い方は難しいものである。
外勤はいつもそれほど頭を使うこともなく、仕事としてはとてもありがたい場所である。おかげで家計もずいぶんと助かっている。話を聞くのが仕事なので、問診をとる練習として活かして、今後外勤で外来をやるときに活用できればいいのだが、実際の診療となるとやはりだいぶ違うだろうからどうなることかはわからない。
外勤が終わった後は、病院に戻って残った仕事をこなす。時間はあっという間に過ぎてしまうから、また帰るのは遅くなった。

東京タワーの下で

2011年11月23日 23時50分22秒 | 一般
今日は嫁さんの家族とおつきあい。
たまたまこちらに出てきており、途中からご一緒させていただいた。
浅草で合流し、しばらく浅草をぶらぶらとうろついたあとで芝に移動した。東京タワーに行くのは久しぶりだが、夜景にうつり変わりつつあるところの景色もいいものである。その後で、東京タワーの足下の(この周辺としては)広々とした料亭に行き、料理と酒に舌鼓をうった。酒も入り、いい気分になったところでお開きになった。
嫁さんは明日が休みで実家に行ってしまい、帰り道は何となくさびしくなった。もっとも、そう思ったのは帰宅する少し前くらいのこと。少し酒が抜けたせいだろう。

ポケットの爆弾

2011年11月22日 23時56分09秒 | 医者仕事
いつ鳴るかわからない当直PHSを持っているというのはあまり気分のいいものではない。カンファが終わった後のすがすがしさは特に変わらないが、午後5時を過ぎてから渡される当直PHSは気分に負の影響を与えることは言うまでもない。
休日の前の日の当直というのは当直明けにすぐに帰れるという意味では悪くない。11月はそういう当直ばかりだったので、その意味ではいい巡り合わせであった。あとは明朝9時まで何もなければいうことはない。

バイト明け

2011年11月21日 23時56分34秒 | 医者仕事
幸いにしてほとんど呼ばれることもなく当直のアルバイトは終わり、ラッシュの電車にゆられて大学へ出勤。
しっかりと寝ているのでそれほど疲れとしては大したことはないのだが、出勤で疲れてしまうというのが一番問題な気がするのはこれまで通りである。
今週は不幸なことに週末の緊急入院をうけることになり、それだけで結構な面倒である。やはり一日でサマリーを作り上げなければならないのは大変である。今回の緊急入院は人工呼吸器管理となっているALSの患者なので、主に抗生剤と呼吸管理ということになりそうである。
こういう日は当直明けなので早く帰りたいのだが、そうもいかないことが多い。困ったことである。