かつてのひまな野球人の記

野球が好きだった医者が書きたいことを書き散らすブログ。今は保健センター教員をしつつ神経内科医と研究者もやっています。

つまらない一日

2006年06月30日 21時30分09秒 | 一般
今日の昼までにレポートを出せばいいと聞いていたので、本当に昼頃にいってみたら講義はとうに終わっていて、しかももうレポートも回収したという。2人分持っているのに冗談ではない。すぐに法医学教室まで行って提出してきた。
次に、明日使う研修室の予約。怒られると聞いておそるおそるいってみたが、実状は全く反対で非常に穏やかな対応であった。とりあえず2時から4時までとることにした。みたところ別に埋まっている風でもなかったので、延長しても何とかなりそうではある。
その後は、食堂に行って昼食をとりつつしばらく色々と話をした。そして、場所を移動してビデオ鑑賞会。とはいっても、見たのは過去の試合のビデオでここから明日に向けて色々なポイントを探るための会であった。
ざっと4時間ばかりかけて何試合か見た。ちなみに、その後で1人でまた全部見直すことにした。あとはまとめるだけまとめなければならない。それが一番大変である。

風のありがたみ

2006年06月29日 21時59分50秒 | 野球
今日も暑かったが、一昨日ほどきつくはなかった。光化学スモッグが出ていたのはほんのご愛敬。確かに息苦しくはなったものの、目がちかちかすることはなかった。それにも増して、今日は最初から風があったのがありがたかった。しかも爽やかな風が。これが夏場のじとっとした風では、逆効果というものである。
今日はテンポ。それだけである。とにかく投げた。なるべく間をとらないように。悔しかったのは、投げても投げてもファウルにされてとうとうフォアボールになってしまったこと。最後はカーブがすっぽ抜けてしまった。情けない。ああいうところで最後の最後までストライクを投げるのが商売なのに、こんなことではまずい。せっかく登板の機会も巡ってきているというのに、だ。ところで、投球練習4球化は今回はうまくいった。平地で肩を作っているときとマウンドでは明らかに違うのがちょっと気になる。
最後に挟殺をやったとき、ちょっと危険な兆候を感じたのでしっかりとストレッチをしなければいけないと思い始めている今日この頃である。

掌はどちらのもの

2006年06月28日 21時40分53秒 | 雑談
さて、掌の上で踊っているのはどちらだろうか。踊っている側は必死だが、踊らせている側にすればこれほど面白いものもまたないだろう。
先を読んで布石を打ち、それがどんどん的中して何もかも見透かされているような気になったとしたら、もうその時点で勝ったようなもの。愉快で仕方ないだろう。
だが、踊らされている側にしてみれば必死に打開策を探るより他に道はない。何が仕掛けられていようとも、とにかく何かをやるしかない。何もしなければどのみち先は見えているのだから。ひょっとしたら、何らかの契機に支配をうち破れるかもしれないのだから。
というわけで、その必死の抵抗を摘んでいかなければ、詰みに持ち込むことはできない。抵抗する気力が残っていれば、白旗をあげることもまずない。
あきらめずに突破口を探すのに対して、その突破口を予想してふさぐ。ここにせめぎ合いがあるわけで、そこが第三者にしてみれば面白い。

夏のようで夏ではない一日

2006年06月27日 22時30分30秒 | 野球
久々に飲んだ水を戻してしまった。もったいないが、これはどうしようもない。基礎ノックの最中に気分が悪くなってしまったためである。
他にも、目がちかちかして息苦しくなり、光化学スモッグでも出ていたのではないかと疑いたくなるような一日だった。
もっとも、夕方になると涼しくなってくるあたりはまだ夏ではないと思わされた。これで風まで暑くなってくるようだと、まさに夏である。だんだん体を慣らしていかなければならないので、何回かこういう気温の中で練習を行えばきっと大丈夫になるだろう。
今日はどういう練習になるか内心おっかなびっくりではあったが、ある程度は当初の想定通りに進めたような気がする。この調子で進めていければと思う。あと1ヶ月と少し。精一杯悔いの残らないようにやっていきたいものである。

キャプテンとはいかにあるべきか

2006年06月26日 20時07分29秒 | 雑談
今日は法医学の講義だったのだが、出席は名簿に名前を書くだけだったので午前中だけでて、後は書いてもらうよう頼んだ。
というわけで、本題は表題の通り。
自分の中にも理想像はあるのだが、いかんせん現実との乖離が激しいので今日いろいろと考えさせられたこともあって、現実路線でもう一度考え直してみることにした。
リーダーというのは、その名の通り皆を引っ張らなければならない。となれば、指示を出したり、場合によっては自分の意見を押し切るだけの力が求められる。権威のない力はない。逆に言えば、権威を認められなければ力もついてこない。
何がもっともまずいかといえば、それは迷うことである。迷うなというのではなく、皆の前で迷ったりうろたえたりすることをしてはならない、ということである。不安を抱かせるようなリーダーについてくる者はいない。
そして、短くはっきりと言葉を口に出すこと。何を言っているのかよくわからないのでは指示にならないからだ。その点、キャッチフレーズを多用する今の政治と同じである。
もちろん、はきはきと自信たっぷりにいえばいいというわけでもないと思う。カリスマであれ、なんであれ、人を惹きつける何かを持っていなければならないのではないだろうか。そういうものがあってこそ、はじめて聞いてもらえる、という気がする。
そして、信じること。信頼されていないと思われればそれまでである。信頼してこそ、人と人のつながりは意味を持ってくるものだと思う。

以上、思いつくままに書いたリーダーの姿である。

人生ゲーム

2006年06月25日 22時45分30秒 | 雑談
久々にやるとなかなか面白いものだ。ちなみに、ボードゲームではなくテレビゲームのほうである。わざわざカードをめくる必要がなく、止まったマスごとに様々なイベントがおこる仕組みである。そのイベントがなかなか面白い。しかも、どこで何が起こるかはわからないのでいっそう面白い。
間にいくつマップをはさむか決めることができるが、その数によっては終わるのに6時間以上かかることもあるので、セーブしないときには結構根性が必要である。1人でやるにはけっこうなひまが必要である。よっぽどひまでなければおすすめできない。
まあ、それだけひまなこともあるというわけで・・・

集中砲火第2弾

2006年06月24日 23時59分15秒 | 野球
先週に引き続き、今週も遠征。行き先は仙台。東北大学との交流戦である。今年は様々な事情で開催が危ぶまれていたが、ふたを開けてみれば例年通りに執り行うことができた。
朝は始発にのるために早起きして、急いでご飯をかっこんでから出かけた。予定通りの電車に乗ることができて、新幹線もちゃんと自由席に座ることができた。
今日も2試合やったのだが、1試合目は何ともピッチャーとしては恥じ入るしかないような内容になってしまった。今日は制球が悪く、ぎりぎりのところを狙った球がみんなはずれてしまった。おまけに、ストライクがどうしてもほしい場面でストライクを投げられないというのがよくあった。なぜだろうか。もちろん、精神的にもろいというのもあるだろうが、それだけではない。落ち着いて投げれば投げられるはずのものをきちんと投げられないというのは、言い訳のしようがない致命的な失敗である。
私のミスはそれだけではなかった。詳しくはここにことさら書かないが、つまりは厳しい叱責である。確かにその点に関しては全くその通りで、詫びるより他にない。何をしていたのかと自分を責め続けることはこれまでと変わりはないが、それでもまだまだ不足らしい。まだ胃が痛くなるほどではないので大丈夫だろう。自律神経も多分まだ平気だ。こんなことで失調を来すようでは私はとうの昔に入院していただろうから。
そういうこともある。

バカとハサミは使いよう

2006年06月23日 21時15分17秒 | 雑談
というセリフがいじわるばあさんに出てくる。まあ、そのあとで切れなくなったハサミをテープカットの場に持っていって来賓を困らせるのに使うのだが・・・
この場合、切れないハサミは目的にぴったりだったわけで、その意味で使える道具だったのである。お嫁さんには切れないハサミは使えない道具でしかなかったわけだが。
要するに、道具は使い手次第、ということである。いかにいい道具であっても、使い手がバカではその実力を発揮できないものらしい。道具は用途について何も言わない。用途は使い手しか知らない。
ドラえもんを見ていて道具の使い方をあれこれ見ている側が考えて、ここでこうすればいい、というのは俗に言う傍目八目というやつで、いざ使う側に回ると意外に気が回らない。
道具とは用途に特化している反面、想定外に弱いことが多い。「多い」というのは、想定外の使い方が発見されることがあるからである。それもまた使い手次第。愚か者になるか、はたまた天才になるか。もとは同じこと。ただ結果が決定的に違うのである。
使い方次第ではどんなものでも「使える」こともあれば、「使えない」こともあるわけである。ぴったり合う道具を見つけるのもまた別の才覚なのだろうが。

厳しいチェック

2006年06月22日 23時05分38秒 | 野球
いつの間にやら、私の行動には監視網がはりめぐらされているらしい。そんなにじっくりと観察してどうしようというのだろうか。ここに書いていることを解析されるのは別に承知の上だからいいのだが、投稿時間までチェックされていることにはさすがにびっくりした。とはいっても、別に大した理由があるわけではないのでそんなに気にするには及ばない。たまたまその時間に書いたというのが実情だからだ。
そういうわけで、野球における行動から私生活の様子を探ろうという試みが最近頻繁におこっているらしい。別にある程度ならよくあることなのだが、どうも今回は何かを探り出そうと必死のようである。
だが、大山鳴動してネズミ一匹という言葉のようになるのではないかと心配でならない。そんなに必死になって探してもそんなに大したものは見つからないだろうから。
やれやれ。

バビンスキー徴候

2006年06月21日 18時29分22秒 | 一般
今日も午後から実習だったので、いつも通り白衣を携えて出かけた。一昨日は精神科と脳神経外科をまわったが、今日は神経内科だった。
最初は昔のカルテを渡されて、神経診察の説明。脳神経や反射については実際にやってみて、ひととおりざっと見た感じで終わった。アキレス腱反射がなかなか出なくて焦ったが、何回か叩かれているうちに出てきてくれたので安心した。腕橈骨筋の反射はサッパリ出なかった。うまく叩けていないらしい。反射のテストをされているときには叩かれるとそこでいいのかがおおよそわかる気がする。まあ当たり前であろう。うまく叩けていれば筋が収縮するはずだからだ。
後半、といってもあっという間だったが、実際に患者さんの神経診察をとっている様子を見せてもらった。病室にぞろぞろと10人以上の学生が入るのは迷惑なのかな、とも思った。よく承諾してくださったものだと思う。反射が実際に亢進していて、左右差が明確に現れていたのが印象的だった。バビンスキー反射などの病的反射の出現も見られた。本当にバビンスキー反射が出ていたのは凄かった。
ちなみに、私の父親は生まれたばかりの我が息子にバビンスキーが出るかを確かめて、母親に怒られたらしい。結果はちゃんと出たということだ。