グリーンズ・テイブル

ppのピアニッシモな戯言でござ~い☆

たたんだ千円札

2011-02-23 09:46:26 | 

生活小冊子に掲載されていてググッときた詩です。

たたんだ千円札
    浅田志津子
いつも 東京へ帰る朝
玄関までで、いいと言っても
どうせ、買い物があるからと
母は 駅までついてくる
もったいないからいいと言っても
母は 自分の入場券を買って
わざわざ ホームまでついてくる
列車にわたしが 乗りこむ直前 
ポケットから たたんだ千円札を出して
途中で、お弁当でも買ってと
わたしの手に 握らせる
網棚に 荷物を置いて椅子に座り
窓のガラス越しに 老いた母を見る
陽気に手をふる母を見ながら
早く、発車しないかなと思う
列車が 動きはじめたら
一度ふりかえって 母に手をふる
ふりかえるのは 一度だけにする
どんどん小さくなってゆく母を
見るのは 一度だけにする

車窓から 海がみえなくなると
読みかけの本を開く
読書に飽きて 少し眠るときは
たたんだ千円札は しおりに使う
飲み物をのせたワゴンがくると
わたしは 財布から小銭をだして
お茶と サンドイッチを買う
母がくれた千円札は 本の間に はさんだままだ

夕暮れのアパートへ帰りついたら
パソコン机の引き出しの奥の
ビスケットの空き箱にしまう
たたんだ千円札で一杯の あの 古びた木の箱に

(詩集「最後のだっこ」より)


真冬に実家から帰るとき、寒いから家に入ってと言っても
「見送りたいんだから、いいの」と、
曲がり角でバックミラーに映らなくなるなるまで立っていた母のこと、

一番最後にだっこされた時のこと、
一番最後に手を繋いだ遠い日のこと、

久しぶりに思い出した。


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