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No140「いつか読書する日」緒方明監督

強くたくましく、地べたに脚をちゃんとついて生きている美奈子。
「火火」に続いて、女優田中裕子の名演が光る。
牛乳配達という設定がすごい。
坂道と階段だらけの街。(西東市という架空の街が舞台となっているが、ロケは長崎市)
真っ暗の中を起きて、薄暗い早朝、一段一段、階段を踏みしめながら牛乳を配っていく。
階段を上る音。息が切れる音。牛乳箱に入れる音・・。
街の空気が伝わってきて、冒頭からいきなり映画の世界に引き入れられてしまう。

美奈子という50歳の平凡な独身の女性の強さを見事に描ききった名作。
故郷の街を愛し、毎日、牛乳配達とレジのパートをこなす。
パート仲間の、子連れで離婚した若い娘に、「寂しくないですか?夜とか」と聞かれて
「大丈夫、クタクタになれば」とさらりと答える。
表情をほとんど表に出さず、寡黙に淡々と毎日を過ごしていく田中のさらりとした演技。
内に秘めた芯の強さが、
小さな細い目、きりりと結ばれた口元、いつもどこか遠くを見ているような表情、小柄な身体全体から感じられる。

実は、彼女には、同じ街に好きな人がいる。
岸辺一徳への秘められた想いをどう描くか。
岸辺もまた淡々と妻の介護にいそしみ、仕事をこなし、毎日を過ごしていく。
演技達者で、寡黙な存在感が光る二人の熟年俳優、女優を迎えて、
ただただ映像に見入ってしまう。

惜しむらくは、ナレーション。
美奈子の亡母の友人で、作家らしき女性(渡辺美佐子)が、物語の語り手となるが、少々語り過ぎの気がした。
ラジオのDJが美奈子の葉書を読むシーンも同じ。
秘しておくべきことを全部表現してしまったように感じられ、せっかくの二人の想いをどう伝えるのか、
物語を動かしていく仕掛けの難しさを感じた。

夕方、曇り空の下での、田中と岸辺の散歩。
ぎごちない会話がいつしかほぐれていき、一気に、心の底に押し隠してきたものがあふれだす瞬間の感動。
暗闇の中、手探りのシャツ。大雨が窓を叩きつけている。
朝の光に照らされた岸辺の顔のなんとかわいらしいこと。

ラスト。
いつものように、岸辺の家に牛乳を届け、長い階段をのぼる。
高台に上がり、朝の青空をバックに田中の顔が浮かび上がる。
ああ、この人は、別に自分で何か書いたり、表現したりしなくても
街中の人に牛乳を配って、本をたくさん読んで、あの人のことを想って・・・、
そのことが、この人の人生の支えであり、
この人の強さであり、深さであるんだと伝わってくる。
すばらしいラストシーンだ。

満席のうえに、大勢の立ち見まで出たOS-CAP劇場。
人間の心の中にこそ、スペクタクルがあるのだと思います、という舞台挨拶の緒方監督の言葉がいつまでも響いている。

満足度 ★★★★★★★★(星10個で満点)
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
お邪魔します (めいぐると)
2005-09-24 18:29:37
TBありがとうございます。



画面が語るとはこの映画の事ですね。



日々続く単調な日常と、

時間が止まったままの想い。

その時計を動かすのが死んでいく槐太の妻。



それぞれの想いを経て、

主人公は同じ日常へと戻っていく。



切ない話ながら、清清しい映画でしたね。
 
 
 
めいぐるとさんへ (パラパラフィン)
2005-09-25 01:03:15
こちらこそTB&コメント、ありがとうございます。

神様がくれた一日って、上手い表現ですね。

本当にそのとおりと思います。



最後に主人公が淡々と

いつもの日常に戻っていくところがいいんですね。

やっぱりみごとな作品と思います。
 
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