明朗時代劇、無声映画のおもしろさ~千恵プロ「諧謔三浪士」「一心太助」~
無声映画が好きだ。
字幕(文字画面)と画面(映像画面)とが交互に重なり合うことで、
生まれる独特のテンポが心地よい。
字幕の言葉も、短く、歯切れがよい。
画面は総じて短く、断片でも、
頭の中では連続して感じられる。
詩情もあれば、人情もたっぷり。
言葉は聞いていないのに、
生き生きと会話している気がするから不思議。
週末、 . . . 本文を読む
(いささか辛口調子ですが…)
一番気になったのは、子分たちのセリフに活きがないこと。
次郎長といえば、群像劇。
子分たちの活きのいいやりとりが真骨頂。
しかし、この次郎長一家は、なんだかもったりしている。
セリフの歯切れが悪く、勢いがない。
もっと滑舌のよい、威勢のあるセリフ回しをしてほしいというのが
正直な感想。
森の石松のどもりが、あれでは森繁久彌が泣くのでは。
いっそ、三國連太郎とか、芸達 . . . 本文を読む
「若き日の次郎長シリーズ」の2作目。
マキノ雅弘監督は
同じ1961年に中村錦之助主演で「江戸っ子繁盛記」を撮っており、
やんちゃで、活きのいい錦之助が堪能できる。
初婚ほやほやのお蝶さんは、可愛さたっぷりの丘さとみ、
法印大五郎はいつものおもろいおっちゃん、田中春男、
水島道太郎の大政も貫録あり。
渥美清が関東綱五郎というのも楽しく、
森の石松にジェリー藤尾とくるのが、意外におもしろい。
この . . . 本文を読む
今日はゆっくり朝寝し、洗濯もして、あれこれ用事を片付けるつもりが、
ついふと思い出し、新世界東映の上映作品をネットで調べたら、
マキノ雅弘「日本侠客伝 白刃の盃」(1967)とある。
この頃の私は「マキノ」と聞くと、もういけない、
折しも雨の気配とはいえ、
体は磁石のように、新世界に引き寄せられた。
小雨とはいえ、ほとんど上がっていたせいか
劇場はいつもと同じく、二十人程度で、ほっとする。
(雨 . . . 本文を読む
よかったよ~という周りの感想を聞き、
今週まだ1本も映画を観ておらず、心躍らせ劇場に駆けつけた。
しかし、いきなり極彩色の世界の中で
奇抜な扮装とメイクでうごめく登場人物達を目前に
なんとも戸惑った。
初めから、どの人物の設定自体、変てこりん過ぎて、
なんとも取り付く島がなかった感じだ。
役所広司はじめ、妻夫木聡も小池栄子も土屋アンナも
ど派手なメイクと演技で熱演はしている。
しかし、観客として . . . 本文を読む
1951年の市川崑監督作品。
明日が結婚式だというのに、
恋人のように親しかった幼なじみの誠一を誘い、
映画に、スケートに、ダンスにと
独身最後の1日を謳歌する京子。
せいちゃん、せいちゃんと引っ張り回す京子を
久慈あさみが演じ、
明るく、おしゃまで、爽やか。
誠一には、池部良。
京子に言われるままとはいえ、
一緒にいられる状況を、
とても喜んでいる気持ちが、言外に伝わってくる。
この二人の寄り添 . . . 本文を読む
生きて還るスポーツ、それが野球。
しかし、太平洋戦争に参戦した若者たちの多くが
命を奪われ、生きて日本に還ることができなかった。
これは青春映画でありつつも、
痛烈な反戦映画だ。
1943年春、太平洋戦争の真っただ中、
野球は敵国アメリカの国技と敵視され、東京六大学野球も中止。
秋には大学生らの徴兵猶予が停止。
12月に迫った出征の前に、
せめて早慶戦をしたいと望む学生たち。
しかし、早大学長の . . . 本文を読む
香港のクンフー(カンフー)アクション映画。
CGに頼らず、
役者たちが繰りひろげる、生身のアクションの凄さに
圧倒される。
何十回と爆発が繰り返され、
ガラスは割れ、飛び散ったガラスの中で、
あるいは、めらめらと燃え残る炎の中で
ぶつかりあう男たち。
腕を、足をつかい、クンフーによる生身の勝負、
そのスピード感!身体のきれの凄さ。
逃亡、追跡となると、屋根から屋根への全力疾走、
とんでもなく高 . . . 本文を読む
弟をいじめで殺された姉アミと、
その弟と一緒にいじめで殺された息子の母ミキとが
コンビを組み、
いじめのリーダーとその親である
服部半蔵の子孫のやくざ一味を相手に
復讐の戦いに挑む。
タイトルどおり、アミは片腕を切られ、
代わりにマシンガンを付けた、戦闘ガール。
この二人の、何があってもへこたれない表情、
何かを訴え続ける目の力、
蹴り、突きのアクションに魅入られつつも、
血が噴出し、首が切られ . . . 本文を読む
山根貞男さんの加藤泰監督連続講座から
印象に残ったことをいくつか書き出します。
まとまりがないですが、ご容赦のほど。
今回は、『沓掛時次郎 遊侠一匹』。
画面いっぱいに雪が降り、
そのままカメラが下がると
暗い中、こたつに入った、中村錦之助演じる時次郎がいて、
宿のおかみ相手に、友だちの身の上話をしている。
この長回しについて、
その昔、ビデオもない頃、山根さんは、
カメラがにじり寄っているとし . . . 本文を読む
「千に重ねると書いて、千重子といいます」
という字の如く、
主人公の双子の二人はよく重なり合う。
京都の呉服問屋の一人娘の千重子と
北山杉の職人の苗子。
双子のうち、自分だけは捨てられず、
北山杉の職人の両親の下で貧乏ながらも育った苗子。
早くに亡くなった両親が子を捨てた咎は、
自分が負わなければならないという、責任感の強さ。
裕福な家庭に拾われた千重子の幸せを
決して邪魔してはいけないと強く心 . . . 本文を読む