日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

増税策議論の前に、政治と行政の“努力の見える化”を

2010-06-08 | ニュース雑感
“脱小沢効果”は大したもので、予想外に国民の期待感が高まっている管内閣がスタートします。本内閣の注目点のひとつには消費税の増税を柱とした我が国の財政再建にいかに着手するかがあります。この点のすすめかたに関連して、マネジメント的視点から少しお話します。

管首相は以前から消費税増税による財政再建をことあるごとに持論としてきています。消費税の増税に関しては、もはや我が国の財政立て直しの観点からは避けて通れないということは、今では識者の多くが認めるところであり、増税策そのものを取り上げて悪政の施策とする論調はもはや少数派になっているように思います。問題はその実施時期といかに国民の納得を得て踏み切るか、でしょう。この点こそが新首相の腕の見せどころであると個人的には考えています。現時点で漏れ伝え聞く限り、管首相は「次回の衆院選までは消費税の増税は行わない」と話しているそうです。ということは裏を返せば、「次の衆院選では、消費税増税が争点となる」と言っていることであり、次の衆院選で民主党が勝利するためには、それまでの間にいかに消費税増税に関して国民を納得させるような動きあるいは姿勢がとれるか、にかかっている訳です。

増税は国民の誰しもが「できることなら勘弁して欲しい」と思っている訳で、それを納得させられるか否かはいかにして「政治も行政もそこまでがんばっているならやむを得ない…」と政治および行政が国民にアピールできるかでしょう。言い方をかえるなら、“努力の見える化”をしっかりはかっていくことにかかっているのです。すなわち、財政再建に向けた財政のムダの削減努力を、明確に“結果として見せる”事です。そうです、“結果として見せる”とは事前に消費税導入検討に向けた“目安の見える化”をすることに他なりません。重要なことは、目標の計数での設置(目標の見える化)を明確に行い、目標の達成ができたなら実行するとの約束を事前に示す事なのです(期限を区切った目標の達成を、組織内提案の受け入れ条件とするやり方は組織マネジメントにおける常套手段です)。

具体的には、増税を国民に了解してもらう条件として金額を示して「財政のムダ遣いをまず○○兆円削減させます。その上で消費税の増税をお願いします」というやり方をとることです。国民が決して歓迎しない「増税」を納得させるには、「国の失敗を国民負担と言う形で押しつけている」という意識をいかに払しょくするかにかかっている訳で、押しつけイメージではなく「国も反省し、目一杯努力をしている。だから国民にも協力をお願いしたい」という姿勢で「増税」への理解を広げる以外にないと思うのです。日本の近代政治の歴史を振返ってみても、「増税策」への理解を得られず支持率を下げ選挙で負け失脚を余儀なくされた政権は数多く存在します。それらは全て、政治と行政が自らの努力を怠り「財源確保から増税が必要」という“負担押しつけ型増税案”による失策であったのです。「増税」に対する「国民の納得」は、「論理」だけでは決して得られないモノなのです。

民主党政権は財政再建策の目玉として「事業仕分け」を実行しています。現時点では「事業仕分け」に強制力がない現状もあり、仕分け結果が実際にどれだけの予算削減につながったのか明確でないイメージなのですが、「仕分け」以降の予算削減確定スキームもルール化および“見える化”をして、しっかりと削減努力を国民に提示する必要があると思います。新政権が次期衆院選後に消費税増税を検討したいなら、まず今は上記削減確定スキームのルール化をしたうえで、参院選マニフェストでは「財政再建のために、天下り、官の既得権ビジネス等あらゆる官のムダ遣いにメスを入れ、予算ベースで××年△月までに○○兆円の財政のムダ削減を実現させます。その実現を条件として景気回復もにらみつつ消費税増税を俎上にあげます」という約束を明確にすべきであると思うのです。

「官のムダ遣いと増税の歴史」は、「政治と行政の国民への負担押しつけの歴史」でもあるのです。この姿勢を根本から変えない限り、「増税」は財政再建の観点からどんなに必要な状況であろうとも、政権維持にとっては今後も“鬼門”であり続けるであろうことを新政権は肝に銘じ認識するべきであると思います。