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フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

11月10日(土) 晴れ

2018-11-13 11:57:43 | Weblog

8時、起床。

ハムトースト、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

今日は何の予定も入っていない。こういう週末は久しぶりだ。2カ月振りくらいだろうか。週末(土日)の一日は予定を入れないことを原則としているのだが、諸般の事情でそうできていなかったのだ。丸一日、自由な時間があるという気分はとてもいい。

昼食は下丸子の「喜楽亭」に食べに行く。「喜楽亭」には月一のペースで通っている。

「喜楽亭」の前の通りは写真に取りたくなる場所だ。駅のそばなので人の通りが多いこと(とくに電車が停まったとき)と、三叉路なので道が「くの字」に曲がって奥行きのある空間を作り出していることがその理由だが、もちろん森永ミルクキャラメルみないな「喜楽亭」のフォルムもいい。時刻は午後2時を回っている。

暖簾をくぐると客は私だけだった。 

入口から一番近い席が(空いていれば)いつも座る席だ。

いつもの席でいつものチキンカツ定食を食べる。(ご飯は軽めで)

今日もご主人とおしゃべりしながら食べる。 

ご主人が自治会主催の「矢口地区歴史講座」の資料をコピーしてくださっていた。平川家とは下丸子の名主だった家で、大田区市(資料編)には平川家文書のほとんどが公開されている。大田区立郷土博物館の方の話のレジュメに目を通して、以前から気になっていたことが解消した。 それは多摩川を挟んでこちらに下丸子があり、向こうに上丸子や中丸子があることだ。これは中世の「丸子庄」(葛西清重という人物が源頼朝から受領した)が近世になって複数の村に分解した結果なのだった。中世の「郷」「庄」「領」がそのまま近世の「村」に移行する場合もあるが(一郷=一村型)、「丸子庄」の場合は一郷=多村型なのだ。

支払いのとき「100円値上げさせていただきました」と言った。あっ、ほんとだ。

食後のコーヒーは蒲田に戻ってから「テラスドルチェ」で。

「テラスドルチェ」に来る前に「くまざわ書店」で購入した『ダ・ヴィンチ』12月号に目を通す。星野源の特集。

サンカマタ商店街のテイクアウトの「ちよだ鮨」。シャッターが下りていて、看板も外されている。閉店しちゃったのか?

夕食はかますの干物、サラダ、味噌汁、ごはん。

そして、とろろ汁。

デザートは洋梨。

妻が『僕とシッポと神楽坂』(録画)を観ていて、「トンボロが映ってるよ」と教えてくれた。

あっ、ほんとだ。

店内も撮影に使われている。

奥のテーブルの客にコーヒーを運んでいるのはマスターご本人ではなくエキストラの人である。

「広末涼子はある時点で老化が止まっているわね」と妻が言った。確かにね。

 2時、就寝。


11月9日(金) 小雨

2018-11-12 18:31:42 | Weblog

8時、起床。

トースト、ハム&エッグ、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

午後、昼食を食べにが外出。旧「phono kafe」の前を通る。新しいお店「ノザワBAKE」はまだやっていない。

来週の月曜日に本営業開始と貼紙がしてある。

池上の「HITONAMI」まで散歩がてら行ってみる。家から歩くとどのくらいなのも知っておきたかった。なんと15分ほどで着いてしまった。こんなに近かったのか。

2時を回った頃で、先客は一組だけで、それも店主さんと編み物教室か何かの打ち合わせをしている方だった。

今日のメイン料理は桐島鶏のごまみそ照焼きか、国産秋鮭のホイル焼である。秋鮭をチョイス。

メイン+惣菜3種(6種の中からチョイス)+香の物+味噌汁+ごはん。

秋鮭のホイル焼。 

鶏胸肉のチャーシュー。

茄子の田楽。 

小松菜と人参のナムル。 

ご馳走様。美味しかったです。メインの料理は1週間は固定のようだが、2種類あるから週に2回来ても違うものが食べられるわけだ。いや、メニューにはスパイスチキンカレーもあるから3回来ても飽きることはないな。

食後にコーヒーを注文。3種あるうちから酸味の強いものをチョイス。クドウさんがドリップで丁寧に淹れてくれる。お店を開くにあたって勉強されたとのこと。

最初、ブラックで出てきて(私がそういう顔をしているのかしら)、砂糖とミルクをお願いしたら、かき混ぜるためのスプーンが小さなカップに入って出てきた。 

「HITONAMI」から帰宅して、大学へ。

5限・6限はゼミ。

5限は3・4年生合同授業で、3年生が映画『最高の人生の見つけ方』(2014年)を取り上げて発表。

ジャック・ニコルソン演じる大富豪エドワードとモーガン・フリーマン演じる自動車整備工カーターが入院先の病院で知り合いになる。二人とも医者から余命6か月を宣告をされている。意気投合した二人は、「バケット・リスト」(棺桶に入る前にやっておきたいことを書いたメモ)を作って、世界旅行に出かけるという話。中心となるテーマは家族との葛藤だ。カーターは家族のために45年間、整備工一筋に働いてきたが、最後くらい自分のためだけに時間を使いたいと思う。彼の妻からすれば夫との死別の前に夫に去られたようなものである。富の追及に邁進してきたエドワードは何度か結婚に失敗し、娘のためによかれと思ってしたことが原因で、娘とは絶縁状態にある。2人ともそれぞれに利己的な行為と利他的な行為のバランスがうまくいっていないのだ。最後はもちろん2人とも亡くなるわけだが、生涯の最後に最良の友人と出会い、家族との葛藤も解決され、まさにハッピーなエンディングである。

家族と友人、この2つをハッピーなエンディングのための必要条件とすることろにこの作品の(一般にアメリカ映画のといってもよい)特徴があるように思う。愛人ではだめなのであり、同時に、家族だけでは不十分なのである。夫婦や親子の愛情+友情=最高の幸福ということである。よくばりだともいえるし、それが家族であれ友人であれ他者との親密性(愛情)を幸福の唯一の源泉としているところに「幸福の物語」としての限界もあるように思う。一体、愛情以外に幸福の源泉があるのかと首をかしげる人もいるかもしれないが、たとえば自由はそうした他の源泉の一つである。「自由である幸福」はかなりの確率で「孤独である幸福」と連動している。ただし、その場合の孤独は強いられものではなく、選択されたものでなくてはならない。「孤独である幸福」は独房の中にではなく内鍵の付いたドアのある個室の中でしか味わえないものである。

今日の映画は以前に観たことがあったが、細部は忘れていたので、十分に楽しめた。

ところでカーターが「バケット・リスト」について知ったのは大学時代の授業の中でだったそうだ。いまの君たちが「バケット・リスト」を作るとしたら、一体、どんなことを書くのだろうか。

休み時間のスイーツは担当者が忘れたのか、担当者が決まっていなかったのか、4年生数人があわててコンビニまで買いに走った。ご苦労様です。

最近のコンビニスイーツはあなどれない。

ミルクドーナツをチョイス。 

余ったそうなのでもう1ついただく。 

 6限は学年に分かれての授業。4年生は自主ゼミでゼミ論の中間報告。3年生は進行中のライフストーリー・インタビューの経過報告。

「バケット・リスト」には「ゼミ論を書き上げる」(4年生)、「インタビューをやり終える」(3年生)を加えておいてほしい。

6限の授業をほぼ時間通り終えて、8時過ぎに大学を出る。夕食は蒲田に着いてから「吉野屋」で食べる。

牛すき鍋膳の季節がやってきた。 

690円。すき焼き界の底辺に位置する安価なすき焼きだが、すき焼きはすき焼きである。ご飯は軽めで。

軽めのご飯を食べるに過不足ない肉の量である。欲を言えば割り下はもう少し甘めがいい。さらに欲を言えば、肉増量だけでなくうどん増量という注文もできたら嬉しい。人参は不要である。

卵はデフォルトで付いてくる。

お新香もデフォルトで付いてくるが、紅生姜は卓上にある無料のものを私がのせた。

9時半、帰宅。「あら、今日は早いのね」と妻が言った。ゼミを定時に終え、夕食もファストフード的なもので済ませると、こんなものです。

デザートに蜜柑を食べる。先日の信州旅行の3日目に松本のギャラリーカフェ「ガルガ」で購入した阿久津真希作の皿に蜜柑を置いてみる。千利休のような気持ちになる。

 2時半、就寝。


11月8日(木) 小雨降ったり止んだり

2018-11-12 12:05:09 | Weblog

7時、起床。

トースト、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

昼前に家を出る。昼食は電車に乗る前にサンカマタ商店街の入口にある「しのだ寿司」で食べることにする。 

ランチメニューの中から上鉄火丼(1300円)を選ぶ。 

先に茶碗蒸しが出てきて、それを食べ終える頃に鉄火丼と汁かわりのうどんが運ばれてきた。 

店に入る時はちらし寿司を食べようと思っていたのだが、店頭のランチメニューの看板の中に鉄火丼をみつけて、それが食べたくなったのは、たぶん、前夜に観た『忘却のサチコ』第4歩「マグロと愛と幻と」の中で主人公が食べた三崎の「くろば亭」のマグロ丼の映像が脳裏にあったからだろう。 

3限は大学院の演習。

5限は講義「ライフストーリーの社会学」。 

講義を終えて、6時過ぎに大学を出る。

大井町で途中下車して、駅ビルに入っている「ロフト」で、ほぼ日手帳ウィークス用のクリアーカヴァー(390円)を購入。来年使うウィー臼はメガ版(方眼メモページが3倍に増量)のスニーカーというソフトカバー製のものなのだが、鞄の中に入れて持ち運ぶには手帳の角が傷まないようにクリアーカヴァーを被せた方がよい。

クリアーカヴァーのデザインには何種類かあるが、購入したのは「静かな海」。ブルーの本体との相性がいい。

 夕食は焼き鳥、 

エリンギとサヤエンドウの炒め物、

サラダ、味噌汁、ご飯。

1時15分、就寝。 


11月7日(水) 晴れ

2018-11-11 12:26:21 | Weblog

6時半、起床。

ロールパン、シチュー、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

11時半にJR蒲田駅で卒業生のサキさん(論系ゼミ3期生)と待ち合わせ、東急池上線に乗って、蒲田の隣の寺町池上へ向かう。

写真を見てすぐに分かった方も多いと思うが、彼女、身重である。6か月目に入ったところ。夏カフェ(8月)のときにわかっていたのだが、ブログに書くのは安定期に入ったからということにしていた。それにしても最近は身重の卒業生とカフェをする機会が増えた。胎教にいいのかしら?(笑)

食事は、最初、「HITONAMI」に行こうと駅から電話をしたところ、満席だった(そんなに流行っているとは知らなかった)。それで以前にもサキさんと行ったことのある「薫風」へ。この店も食材にはこだわっている。 

私は薩摩黒豚彩り丼を注文した。

特製のタレで炒めた薩摩黒豚肉、本場の薩摩揚げ、キャベツの高菜炒め、鹿児島の食材がふんだんに使われている。あとから知ったのだが、いま池上線沿線には大河ドラマ『せごどん』をモチーフにした料理を出す店が多いのだそうである。勝海舟とゆかりの洗足池エリアには「勝丼」、西郷隆盛とゆかりの池上本門寺エリアには「せご丼」、そういう風になっているらしい。

『HOT ほっと TOKYU』11月号(東急線のホームに置いてある)より。

サキさんはお好み九種盛り。

9種類の惣菜がワンプレートに盛られて、こちらも彩り豊かだ。

食欲はしっかりあるそうだ。つわりというのは個人差がとても大きくて、こうしてカフェをご一緒できるのはつわりの軽い方に限られる。普段食いしん坊の人がつわりが重いと本当につらいだろうと思う。

食後のドリンクは私はコーヒー、彼女は紅茶。

食後のスイーツは「藤乃屋」で。和の甘味処があるのが寺町である。

二人とも葛餅を注文。「藤乃屋」のメニューは葛餅(400円)一品のみ。この潔さがよい。

つるんとしたのど越しがいい。洋菓子よりも和菓子の方がカロリーも低く、食後でも食べやすい。

腹ごなしの散歩は本門寺で。「本願寺」と勘違いしている人が多く、サキさんもうそうだったが、「本門寺」ですからね。日蓮宗の大本山である。

総門をくぐり、目の前には100段弱の階段。

さあ、登りますか。私は彼女のすぐ後について登る。

途中で2回ほど小休止を入れて登り切る。身重の卒業生で一緒にこの階段を登ったのは二期生のエミさんに続いて2人目である。エミさんも同じような時期(6か月目)だった。そのときの様子は→こちら

階段を登り切ると目の前に仁王門。

仁王門をくぐると大堂がある。

お参りをしていく。われわれはもちろん安産祈願だが、七五三のお参りに来た人たちもいる。

線香の煙をお腹に浴びる。

五重塔(重要文化財)。

五重塔の裏手にある本門寺公園。ちょうど西日が射しこんで来て、いい光の加減だ。写真で大切なのは光と構図だ。彼女の髪の毛が逆光を受けて輝いている。スーパーサイヤ人に変身しようとしているみたいだ。

妊婦さんとは思えない(わからない)無邪気な(ぶりっこな?)写真だ。

構図ということについては、今日はとくに重要だ。お腹に赤ちゃんがいることにどのくらいフォーカスするか。たとえば下の写真はそうしたことを感じせないだろう。斜面の落葉を背景にして、伏し目がちに微笑む女性の写真だ。

実際は、上の写真は下の写真が元々のもので、上半身をトリミングしたのである。お腹まで構図に入れると、やはらかな微笑みはお腹に赤ちゃんがいること(母性)と結びついて見られることになるだろう。

大きな木に背を持たれた構図。木は命を感じさせる。とくに大きな木はそうだ。だからそこに妊婦さんが寄り添うと、命というテーマが前面に出てくる。 

でも、同じく大きな木に寄り添うのでも、上半身だけの構図の場合は、命というテーマは後方に退いて、普通の若い女性のポートレイトになる。

彼女自身はどちらを望んでいるのだろうかと考え、多分どちらか一辺倒ということはなくて、どちらも望んでいるだろう、と私は「忖度」した(笑)。というわけで、以下、公園で撮ったポートレイト写真から2つの傾向のものを取り交ぜて。

エレガントなポーズだ。神は細部に宿るというが、エレガントの神は指先に宿るのである。

大きな木は命を感じさせるが、公園の遊具は小さな子供を連想させる。だからこの写真は一種の家族写真になっている。

木洩れ日の差し込む場所で。

今日はベンチに座ってもらって撮ることが多かった。疲れないようにということもあるが、両方の構図で撮れるからでもある。

 

さきほどよりも光の差し込まない場所で。

大きな木の根元の部分は、幹の部分とはまた違った趣がある。ファンタジックな物語を想起させる。

背筋を伸ばした凛とした表情。

同じベンチで構図とポーズを変えて。自然と表情も変わる。どちらも素敵な写真だ。

 

お疲れ様でした。さて、蒲田の「スリック」へ行きましょう。

 

 池上駅のホームから「スリック」に電話を入れて、「いまからうかがいます」と伝える。

 

「スリック」に到着。11月の新登場のシフォンはマロンですか。

後からだと暗くなってしまうので、先に店外のテーブルでポートレイトを撮る。やっぱり、エレガントの神は指先に宿るのだ。

紅茶は私はダージリン、彼女はイングリッシュブレックファースト(アーマッド)をチョイス。

シフォンケーキは私はカモミールと洋梨。

彼女はマロン。私は次回のお楽しみにしよう。

マダムに写真を撮っていただく。毎回お願いしているせいか、だんだん構図の取り方が上手になってきている気がする(笑)。

サキさんはこの写真を取る前にワンピースの前後を逆にした。両用なんですね。

電車に乗る前に彼女は駅構内のパン屋さんで大きなメロンパンを旦那さんへのお土産に買った。以前に同じものをここで買って好評だったそうだ。一緒に食べるんですよね? お子さんが生まれても仲よしでいてくださいね。

「産後クライシス」にはくれぐれもご用心! ぜひ、狩野さやか『ふたりは同時に親になる 産後の「ずれ」の処方箋』(猿江商会)を二人で(ここが大切)をお読みになってください。著者は一文の社会学の卒業生で、このブログにも何度か登場されています。

平日の夕方の時間なので電車の混み具合が気になったが(優先席に座らせてもらえただろうか)、あとから彼女からメールが来て、運よく蒲田始発に乗れたそうである。それはよかった。

3月下旬の出産予定だが、それまでにもう一度、産休に入った頃に冬カフェをすることを約束した。少し気が早いけれど、どうぞよいお年を。

夕食は鮭、シューマイ(二人分)、サラダ、味噌汁、ご飯。

デザートは洋梨。う~ん、シフォンケーキと被った。やっぱりマロンにしておくべきだったかな。

深夜、原稿を書き上げて、担当者にメールで送る。

3時、就寝。


11月6日(火) 晴れ

2018-11-10 12:07:27 | Weblog

6時15分、起床。旅先では早起きになるので、その習慣がまだ持続している。

ロールパン、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

昼から大学へ。今日は論文指導(修論・ゼミ論)の日。

3限は院生の研究指導(Cさんの修論)

3時からMさん、4時からHさん、5時からSさんのゼミ論指導。

昼食の時間はまとめてとることができなかった。1つの論文指導と次の論文指導の隙間の時間におにぎりやミニカップ麺を1つずつ食べた。

糖分の補給でキャラメルもなめた。

ところでこの徳用袋に入った森永ミルクキャラメルだが馴染みのある真四角の形ではなく長方形だった。これにはがっかりした。あの真四角の形がいいのに。『半分、青い』で津曲の妹慶子(小西真奈美)が真四角のキャラメルのそのフォルムの魅力について語るシーンがあったが、たしかにあのきっちりと角のあるキャラメルにはパワーが内在している感じする。月9ドラマ『スーツ』でも織田裕二演じるスーパー弁護士が森永ミルクキャラメル(だろうと思う)をときどき口に入れるシーンがあるが、もしかしたら何かの思い出と結びついているのかもしれないが、疲労回復(パワーの補充)としてふさわしいお菓子であると思う。それが、こんなクニャッとした形ではがっかりだ。やっぱりちゃんと箱入りを買おう。

7時に大学を出て、8時に帰宅。

夕食はクリームシチュー・ライス、サラダ。

食後、書斎の机で旅行に行く前にミサキさんからいただいたスイーツを食べる。

たまに思いもよらない方からメールをいただくことがある。

今日は中学3年生のとき同じクラスだったYさんからメールをいただいた。卒業以来、お会いしたことはないので(たぶんクラス会が開かれたことはないし、もし開かれても私は同窓会の類にはめったに出席しないので)、 50年ぶりくらいのコミュニケーションということになる。私は「中学の同級生です。お久しぶりです」という件名のそのメールを大学に向かう途中の電車の中で(スマホで)開いた。なんだかタイムトンネルを通ってやってきたメールのように思えた。もっとも私の中学時代にはメールなんてものはまだ存在しなかった。個人的な連絡は手紙か電話(もちろん家の固定電話)しかなかった時代である。

Yさんのことはよく覚えていた。二人で学級委員をしていたからだ。聡明で落ち着いた印象の人だった。個人的な話をした記憶はあまりない。あったが忘れてしまったのかもしれない。その彼女がどうして私に50年近い空白の時間を隔ててメールを送って来たのかは、詳細は割愛するが、私の妻がビーズやハーバリウムの講習会を息子が中学時代(私と同じ中学)にPTAの役員をしていたお仲間といまでも開いているのだが、その中のお一人がYさんの妹さんなのだった。この事実をYさんが知ったのは最近のことではなく、15年ほど前(つまり息子が中学在学中)で、そのときYさんは私に連絡を取ろうと思ったのだが、実際に連絡を取ったのは、それから15年後ということになった。先延ばしするにもほどがあるというものだが(笑)、でも、こういうことってよくあることで、多くの場合は、行動に移さないまま、モチベーションは弱まり、やがて消滅するものである。人生とは一筋の現実とその周囲に漂う現実化しなかった無数の可能性の残骸でできている。Yさんの場合、私に連絡を取るという可能性が消滅せずに現実のものになったのは、最近、私のブログを見たからである。先月の27日、私が卒業生のレイナさん(論系ゼミ8期生)と「パン日和あをや」に行ったときのブログである。それを見て、「メールを書かずにはいられなかった」そうである。実は、これは後続のメールで知ったことなのだが、Yさんは「パン日和あをや」からは歩いていける場所にお住まいなのである。Yさんとは、近々、個人的な同窓会をすることになるだろう。

ブログの効用については、現代人間論系総合講座Ⅱというオムニバス授業の私の担当回(11月21日6限)で「ブログ・ライフ論」として話す予定だが、今回のことはブログの効用の一つ(時空を隔てた出会い・再会)の例として取り上げるに値するだろう。

2時半、就寝。