午前中、書斎で仕事をしていると、A新聞社のM記者から携帯にメールが届き、総長選挙についてのコメントを求められる。気が進ままないので、断りのメールを返す。というわけで朝から気分が重い。
昼から大学へ。3限(社会学演習ⅡB)と4限(大学院演習)の間に総長選挙の投票を済ます。ろくでもない状況だが、棄権はしない。白票を投じるという行為には惹かれるものがあるが、結局、それもしなかった。もうしばらくこの大学の一員としてやっていく以上は、組織の長の選挙に傍観者のポーズは取りたくない。5限の時間は空き時間で、研究室のリクライニングチェアーに身体を沈めて目を閉じていたら、S書店の社長兼営業マンがやってきて、あれこれカタログを見せられる。購買意欲をそそられるもの皆無。6限(社会と文化)の授業を終えて研究室に戻り、PCを起動。大学のホームページで総長選の結果(現総長再任)を知る。「五郎八」で夕食(揚げ茄子のおろし蕎麦)を取り、成文堂で山田ズーニー『17歳は2回くる』(河出書房新社)を、あゆみブックスでローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』(早川書房)を購入。電車の中で前者を読み、蒲田に着いてからマクドナルドでポテトセット(フライドポテトとコーラで330円)を注文して後者を読む。
東京オリンピックの翌年(1965年)、俳優高田浩吉の娘高田美和の歌う「十七才は一度だけ」という歌がヒットした。小学校5年生だった私は、「18才だって、19才だって一度だけだ」と思った。かわいげのない子だった。しかし、ほどなくして私も17歳という年齢が特別な意味を持つものであることを理解する。それは純粋さのピークの年齢であった。翌年からは「18歳未満お断り」の世界へと入っていく。堕落の始まりである。汚れていくのである。だからこそ西郷輝彦は「十七才のこの胸に」を歌い、南沙織は「17才」を歌ったのだった。森高千里は「17才」をカヴァーし、その後、「私がおばさんになっても」を歌った。加齢とは悲しきものなり。ところが山田ズーニーは『17歳は2回くる』と言う。一体、どういう意味かと読めば…
「なんのことはない、私自身が、『自分は何ものか?』ゆらゆら、悩みまくった年があって、いい大人になって、なんでこんなにゆらゆらするんだろう、と数えたら、社会に出て、ちょうど17年目だった。
社会人の17歳。
大卒なら39歳前後、高卒なら35歳前後、中卒……。これは、びみょーだなあ、だって中学生って、1回目の17歳もまだだもんなあ。
とにかく、そのくらいで社会人の『思春期』がくる。かなり乱暴な説だけど、私はそう思っている。」
山田ズーニーは大学を卒業してベネッセコーポレーションに入社し、17年目で退社して文筆の道へ進んだのであった。なるほどね。そういえば、私も放送大学から早稲田大学に移ったのが39歳前後であった。そして、あと4年で3回目の17歳を迎える。
昼から大学へ。3限(社会学演習ⅡB)と4限(大学院演習)の間に総長選挙の投票を済ます。ろくでもない状況だが、棄権はしない。白票を投じるという行為には惹かれるものがあるが、結局、それもしなかった。もうしばらくこの大学の一員としてやっていく以上は、組織の長の選挙に傍観者のポーズは取りたくない。5限の時間は空き時間で、研究室のリクライニングチェアーに身体を沈めて目を閉じていたら、S書店の社長兼営業マンがやってきて、あれこれカタログを見せられる。購買意欲をそそられるもの皆無。6限(社会と文化)の授業を終えて研究室に戻り、PCを起動。大学のホームページで総長選の結果(現総長再任)を知る。「五郎八」で夕食(揚げ茄子のおろし蕎麦)を取り、成文堂で山田ズーニー『17歳は2回くる』(河出書房新社)を、あゆみブックスでローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』(早川書房)を購入。電車の中で前者を読み、蒲田に着いてからマクドナルドでポテトセット(フライドポテトとコーラで330円)を注文して後者を読む。
東京オリンピックの翌年(1965年)、俳優高田浩吉の娘高田美和の歌う「十七才は一度だけ」という歌がヒットした。小学校5年生だった私は、「18才だって、19才だって一度だけだ」と思った。かわいげのない子だった。しかし、ほどなくして私も17歳という年齢が特別な意味を持つものであることを理解する。それは純粋さのピークの年齢であった。翌年からは「18歳未満お断り」の世界へと入っていく。堕落の始まりである。汚れていくのである。だからこそ西郷輝彦は「十七才のこの胸に」を歌い、南沙織は「17才」を歌ったのだった。森高千里は「17才」をカヴァーし、その後、「私がおばさんになっても」を歌った。加齢とは悲しきものなり。ところが山田ズーニーは『17歳は2回くる』と言う。一体、どういう意味かと読めば…
「なんのことはない、私自身が、『自分は何ものか?』ゆらゆら、悩みまくった年があって、いい大人になって、なんでこんなにゆらゆらするんだろう、と数えたら、社会に出て、ちょうど17年目だった。
社会人の17歳。
大卒なら39歳前後、高卒なら35歳前後、中卒……。これは、びみょーだなあ、だって中学生って、1回目の17歳もまだだもんなあ。
とにかく、そのくらいで社会人の『思春期』がくる。かなり乱暴な説だけど、私はそう思っている。」
山田ズーニーは大学を卒業してベネッセコーポレーションに入社し、17年目で退社して文筆の道へ進んだのであった。なるほどね。そういえば、私も放送大学から早稲田大学に移ったのが39歳前後であった。そして、あと4年で3回目の17歳を迎える。