フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

1月7日(火) 雨

2020-01-08 23:03:35 | Weblog

9時半、起床。

クロワッサン、ハム&エッグ、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

古い仏花の中の菊をそろそろ捨てる時期が来たが、その前に、ナツの墓に。

午後3時を回った頃、遅い昼食を食べがてら。傘を差して散歩に出る。

「プリミエール・カフェ」に顔を出す。

今日まで松の内だが、「明けましておめでとうございます」の挨拶をしなかったのは、ご主人が喪中だからである。今年もよろしくお願いします。

「本日のスパゲティ」を注文。バタートーストとサラダが付いてくるのは「カフェドコバ」のときと同じである。サラダが付いてくるのは珍しくないが、パンが付いてくるのは珍しいと思う。

「本日のパスタ」は生ハムとドライトマトのパスタ。

食後にコーヒーを注文。

ご主人とおしゃべりをしたり、持参した本を読んだり。

お菓子をオマケでいただいた(豆煎餅もいただいたが、写真に撮るのを忘れた)。

去年から馴染の店になったのは、時期の早い順に、「ティースプーン」「昔日の客」「プリミエール・カフェ」の三軒である。「プリミエール・カフェ」は一番新しい馴染みの店です。今年もよろしくお願いします。

店の前の道を真っ直ぐ帰る。

途中に「石定」という名前の囲碁教室がある。昔は通りから見える建物の1階に将棋クラブや囲碁クラブがあって、窓際で対局している人の盤面がのぞけたものだが、いまはクラブ自体の数が減り、残っているクラブも賃料の安いビルの上の階に移ってしまい、通行人が立ち止まって観戦する風景は見られなくなった。ここは一階だが、外から見れられては気が散るからだろう、ブラインドが半分下ろされている。対局しているのは一組だけだった。(ネットで調べたら、ここは囲碁棋士の趙治勲の兄がやっている教室だそうである)。

5時半に予約している整骨院へ。

夕食は鶏鍋。鶏肉はヘルシーでおまけに野菜たっぷり。妻の一番好きな鍋だろう。

デザートは歌留多最中。

「プリミエール・カフェ」で読んでいたのは、出久根達郎『漱石を売る』(文藝春秋)。1992年の出版で、古本屋で購入したものである。著者は古本屋の主人で、そのかたわら作家としても活動し、この本を出した翌年、『佃島ふたり書房』で直木賞を受賞した。

本書は古本屋の日常に題材をとったエッセー集だが、私が古本屋好きということもあって、実に面白い。

たとえば、「本というものは、あるべき場所にあって本の尊厳を保ちうる」という書き出しで始まる「本のある光景」という一篇。著者には「思いがけぬ場所で思いがけぬ本に出会って、たじろいだ経験が、二度、ある」そうだ。

一度めは二十年前(注:1970年代初め)、船橋のストリップ劇場だったそうだ。私は昔西船橋の辺りに住んでいたが、そこには「西船OS劇場」というストリップ劇場があった。著者のいうのはそこかしら。船橋にはもう一軒、有名な「若松劇場」というのがあったが、そっちかしら。まぁ、どちらでもいいが。

踊り子が舞台から客席の学生に声をかけ舞台に上がらせた。幕間の客サービスである。学生は持っていた本を踊り子に取り上げられ、言われるままに裸になった。踊り子は「へぇ、むずかしい本を読んでいるじゃん、とひやかしながら、その書名を読みあげた。

「それは岩波書店刊行の日本古典文学大系であった。国文科の学生の、そのころ必携のテキストである。学生が所持していた巻は、曲亭馬琴の『椿説弓張月』であった。私がギョッとしたのは、その日そのとき、私も版こそちがえ同名の書を携帯していたからである。」

岩波の日本古典文学大系は私の書庫にも何冊かある。どれも学部の学生の頃に購入したものである。入学当初の私は国文学を専攻するつもりだったのである。しかし、私の関心は短詩型文学(短歌や俳句)にあったので『椿説弓張月』は購入しなかった。だからその学生は当時の私ではない。

「私が驚いたのは、しかしその同名の偶然だけではない。十代の末と見えるような子供っぽい顔をした踊り子が、手にした書名を、誇らかに読みあげてみせたのだ。「ちんぜい、ゆみはりづき」椿を「ちん」と正確に発音したのもさりながら、説を遊説の「ぜい」と読むなど、彼女、ただ者ではない。私はその時まで「ちんせつ ゆみはりづき」と疑わず読んでいたのだが、踊り子の発音を聞いて、自分は誤っていた、と赤面したのである。馬琴のこの長編は、鎮西八郎為朝が主人公である。鎮西は九州の称であるが、これに掛けて作者は「椿説」を「ちんぜい」と読ませたのである。すなわち為朝(あるいは為朝が征服した九州)の強弓男、という意味である。「ちんせつ」だなんて、私は古本屋のくせにしてまちがって覚えていたのだ。」

この一節を読んで私もびっくりした。私も「ちんせつ」と読んでいたからである。

「図書館で早速調べてみた。けれども作者は私がそれまで読んでいたように振り仮名を施していた。ちんぜい、ではない。「珍説」の当て字であるが、「珍」をわざわざ「椿」にしたのは、八郎為朝が伊豆の大島に流刑される物語だからであろう。大島は椿の産地である。長寿を椿寿と言うが、耳なれた語ではない。江戸時代の画家に、椿椿山なる名が見えるが、これまたポピュラーではない。「ちん」と読めるひと自体めずらしいのである。」

なるほど。ただし、早稲田大学の関係者にとって「椿」を「ちん」と読むことは難しくない。大学の近くの目白台に「椿山荘」という有名な結婚式場があるからだ。実際、先月も卒業生のナツキさんの結婚披露宴が椿山荘であり、私も出席した。

「ストリッパーと馬琴のとりあわせは、そんなことがあって、私には忘れられぬ一場景となった。」

で、もう一景は何か。それをここで紹介するのは控えようと思う。そこはストリップ劇場よりも書きにくい場所だからである。書名だけ書けば、蕑野道明『新唐詩選評釈』である。さて、それはどこにあったのでしょうか。知りたい方は本書に当たられたい。

ウォーキング&ジョギングに出たかったが、雨が降っていたので断念。代わりに、自宅の三階までの階段(28段ある)を三往復(約100段)×3セットこなす。最近、駅の階段を上がると太腿の筋肉が疲れるようになってきているので、鍛えねばと。ウォーキング&ジョギングで使う筋肉と、階段を上がるのに使う筋肉は別物なのである。スクワットでもいいのだが、どうも同じ場所に止まってやる運動というのは好みではないのである。

1時半、就寝。