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陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

443.乃木希典陸軍大将(23)乃木の奴、なかなかに難しい事を、言うので困る

2014年09月19日 | 乃木希典陸軍大将
 山地中将は昔流の軍将で、義理を重んじ、よく人の為に尽くし、戦陣に臨んでは、鬼将軍と呼ばれ、その武勇はよく知られており、誰もが認める生粋の軍人だった。

 乃木少将は、本筋からいえば、長州軍閥の軍人で、山縣有朋の系統ではないが、山縣とともに進んで来たことは事実だった。

 だから、乃木少将の方から、折れて出れば、山縣の方でも決して疎外するようなことはないのだが、乃木少将の気性として、それができなかった。

 乃木は山縣系の軍人にはなることができなかった。だから、山縣系の軍人たちは乃木少将を疎外したが、それ以外の軍将からは、かえって乃木少将は尊重されていた。

 山地中将は、東京の第一師団長であったのを、幸いに、休職中の乃木少将を引き上げようと思った。それには、まず、山縣有朋を説得しなければならなかった。

 当時、山縣有朋は、明治二十二年十二月に内閣総理大臣となり、第一次山縣内閣を組閣したが、明治二十四年五月辞任した。その後、元老として明治陸軍を牛耳っていた。当時の陸軍はまさに“山縣の陸軍”だったのである。

 土佐出身の山地中将は、維新前後からの戦友として一通りの交際はあったが、山縣の自邸を訪ねたこともなく、あえて親交のある間柄ではなかった。

 そのような関係の山地中将が不意に自邸に訪ねてきて、何か相談があるというので、山縣は、不思議に思った位だった。「伊藤痴遊全集第五巻・乃木希典」(伊藤仁太郎・平凡社)によると、元老・山縣有朋と男爵・第一師団長・山地元治中将のやりとりは次の通り。

 山縣「君がわざわざ訪ねて来るとは、珍しい事じゃ」。

 山地「少し相談があって、お訪ね致した」。

 山縣「全体、どういう事かな」。

 山地「他の事ではないが、乃木の身についてじゃ」。

 山縣「ふふ~む、乃木の事についてか」(山縣は意外に思った)。

 山地「あれだけの人物を、空しく遊ばせて置くのは、実に愚の至りじゃ。もう一度、引き出す事は、なるまいか」。

 山縣「さ、それは………」(何事にも用心深い人で、容易に口は開かなかった。特に、山地が乃木のために来た、という事に、何となく疑いもあるから、なお更、可否の返事はうっかりできないので、山縣は眉を八字にして、深い考えに沈んだ)。

 山地「簡単に言えば、我輩が乃木を預かりたい、というのじゃが、それには、君の承諾も受け、助言も、充分に無ければ、できぬ事で、是非、ウムと言うてもらいたい」。

 山縣「乃木を預かって、如何しようというのか」。

 山地「つまりを言えば、普通の者の下には付くまいが、我輩とは、多少の諒解もあって、何とか折り合いもつこう、と思うから、兎に角、乃木を呼んで、相談してもらいたい」。

 山縣「乃木の奴、なかなかに難しい事を、言うので困る」。

 山地「それも、よく知ってはいるが、君から話しさえあれば、我輩の方で何とか折り合いをつけよう」。

 山縣「左様か」。

 山地「一応は、君から話してもらって、後は、我輩に任せてくれたら、何とか抑え付けるつもりじゃ」。

 山縣「宜しい、そういう次第なら、乃木を呼んで、一応話して見る事にしよう」、

 山地「何分、頼む」。

 それで、話が済んだ。そのあと、用意の酒肴が出て、山縣と山地は、昔話に、時を移した。山縣の豪快と、山地の質実と、その対照が面白く、話は進んだ。

 それから、数日後、乃木希典少将は、元老・山縣有朋に呼ばれ、いろいろと懇談を受けた。乃木少将は容易に承知しなかったが、山地も大骨折りで、説きつけ、ようやく承知させた。