ヌマンタの書斎

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行政の度量

2013-09-09 12:20:00 | 社会・政治・一般

勉強の出来る馬鹿は始末が悪い。

昨今、法律の規定が恐ろしく緻密に、厳密に構成されていることが多い。特に税法にその傾向が強い。これまで明確に規定されず、慣行と行政の現場で判断されていたことが、法律により明文化されるようになった。

それはもちろん、行政の公正化を図り、能率を上げ、日本国民の公益に利するためになされたことだ。実際、その意図が明白であり、改善されたと思える部分だってある。だから一概には否定はしない。

しかし、税務行政の末端と常々交渉する現場にいる私からすると、「バカじゃないのか?!」と嘆きたくなることのほうが多いのが実情だ。最近私が耳にした話なんか、その典型であると思う。

現代の日本において金融資産の過半を握っているのは高齢者層である。この金融資産を若い世代に無償もしくは大幅に低コストで移転させて、社会の活性化を図る手法として導入されたのが、相続税の精算課税制度だ。

簡単に説明すると、高齢者が生前に財産を子供や孫にタダで渡すと、無償譲渡すなわち贈与とされてかなり高額な贈与税を貰った人は払わねばならない。そこで、後々相続税の申告時に精算することを前提に、生前に財産を子供たちに贈与させる。

贈与税は単年度課税であり、年間の非課税枠は110万円だ。しかし、相続税ならば非課税は現行(平成26年まで)5千万円プラス1千万円×相続人の数となる。この枠を相続時ではなく、生前に活かすことを認めて無税もしくは低額な税金で財産を子供たちに分ける。

育児や住宅ローンなどお金が沢山必要な世代に、早期に遺産分けを一部行うことで社会の活性化を図る目的で導入されたのが、この相続精算課税制度だ。

一応、言っておくと最終的には全ての生前贈与が相続に取り込まれるし、相続時に精算されるので必ずしも節税にはならない。ただ、事前に異常に高額(世界一とも云われる)な贈与税の負担を避ける意味では有意義だ。

また自分の死後の相続財産争いを避ける機能もある。節税にはなりにくいが、使い方次第で有益な手法だと私は考えている。

で、以下は又聞きの話なので詳細は分からないが、概ね事実なのだろうと思える話だ。

ある老夫婦が家を買おうとしている息子夫婦のために、この相続時精算課税制度を使った贈与を行い、土地と家屋を息子夫婦にプレゼントした。当然に、税務署で必要な書類をもらってきて、署名押印したうえで、贈与税の申告を無税で終えた。

ところがだ、数か月後税務署に呼び出された。添付書類が足りないので、奥様に関してのみこの無税の申告は認められないと。

いったい、どうしたことだと詳しく訊いてみたら、この相続時精算課税制度の適用を受けるためには、一定の書式の相続精算課税制度選択届出書の提出が必要だと言う。もちろん、それは説明を受けたし、提出したはずだ。

しかし、よくよく訊くと、この届出書にはご主人のものしか提出されていない。奥様の分も必要であり、それが申告期限までに提出されていないので、奥様については精算課税制度の適用は認められないと言うではないか。

ちなみに贈与税の申告書はそれぞれ夫婦別々に出しており、当然そのなかに精算課税適用の項目に記載はされている。それでは駄目なのか、たまたま届出書だけを漏らしてしまったので、これから提出すれば良いではないか。

数時間、粘って交渉したが、税務署の担当者は頑として認めず、高額な贈与税の納付が必要だと言い張るばかり。

困った老夫婦は、知人の税理士のもとを訪れて相談した。税務署のOBでもあるその税理士は、その話を聞くや憤慨して自ら税務署に乗り込み副署長や審理官らを相手に説得に努めたが、残念ながら税務署は結論を変えなかった。

法令の規定は厳密であり、その規定に従い申告期限までに届出書が出てない以上、その適用は認められない。これが今の官僚たちの態度である。

行政とは、四角い枠を、丸い桶で汲み上げることこそ肝要である。四角い隅っこは、取りこぼしになるが、そのくらいの余りがあるほうが上手く統治できる。これこそが古来よりの英知である。取りこぼした部分は、現場の役人たちが世間知でまるく治めることで、世の中を上手く回していた。

しかし、今のお勉強の良く出来る官僚たちは、世の中すべてを自分たちの作った法律でガチガチに締め上げようとする。法令を厳密に造り、最初から取りこぼしがないように余裕がない規定を作る。

そして、その枠に収まらぬ場合は問答無用で切り捨てる。枠に納めない国民が悪いのであって、自分たちは法令通りにやっているだけで責任はないとでも言いたいのだろうか?私にはそう思えてならない。

ちなみに上記の件だが、ベテランの税理士の知恵が勝った。届出書が期限を過ぎていて適用が認められないのなら、贈与契約そのものを錯誤として登記抹消して、元の状態に戻してしまった。

登記費用はけっこう掛かったが、高額な贈与税よりはるかに安い。妻の分は来年改めて申告し直すことで問題を解決してしまった。高額な贈与税をとれると思っていた税務署側がどう思ったのかは知らないが、意地の悪い私には少々痛快な思いであった。

でも、よくよく考えてみると、この案件非常に馬鹿らしい。そもそも立法趣旨に照らしてみれば、税務署は単なる届出書の漏れとして許容すればいいだけだろう。精算課税の適用の意志は明確であり、そこに課税回避や脱税、脱法の影は見えない。

木を見て森を見ず。行政の在り方が、勉強バカの跋扈により、ますますおかしくなっているように思えてなりません。

コメント
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