素顔はとっても温和でハンサムな紳士。
でも、いつもマスクを被っていたのがマスクド・スーパースターだった。多分、素顔でリングに上がれば、絶対に女性ファンが付いたと思う。
私が素顔を見たのは偶然だった。山からの帰り電車のなかで、不自然な格好で寝ていたのが拙かった。新宿駅で降りたら首筋がこって辛かったので、止む無く新宿のサウナに行き、マッサージを頼んだ時の待合室であった。
大柄な白人の二人組みが、日本人に連れられて入室してきたのに気がついた。日本人は、新日本プロレスのベテラン・レスラーであった。白人の一人は、ひと目でスティーブ・ライトだと分った。では、もう一人は誰だ?
温和なビジネスマンを思わせる顔立ちだが、上半身の筋肉の分厚さが半端ではない。見事な逆三角形を作っている。でも、こんなジェントルなレスラーは、見覚えが無い。
いや、ライトとタッグを組んでいたのは、たしかマスクド・スーパースターだったはず。え!このハンサムが彼なのか?思わずビックリして、呆然としてしまった。
茶髪で碧眼、優しげな瞳で、口元に柔らかい笑みを浮かべる姿は、温和な紳士そのもの。しかも、見事にビルドアップされた上半身は、単に見映えだけの筋肉ではない。打たれ強く、瞬発力も在り、しかも柔軟性を兼ね備えた理想的な身体つきであった。
おまけに運動神経もいい。得意技フライング・ネック・ブリーカードロップは見応え十分。リングを走り、相手の首に腕をまきつけ、そのままの勢いで自ら宙を飛んで相手をリングに叩きつける大技だ。
ジャイアント馬場の得意技でもあるが、馬場よりも滞空時間が長く、TV写りも良い見応えのある必殺技だった。私はヘビー級の選手で、これほどの使い手を他に知らない。卓越した運動能力の持ち主であったことは間違いない。
しかも、あの甘いマスクであるのだから、本来なら善玉レスラーとして格好の素材なのだ。ところが彼はマスクを被ることを選び、しかも、どちらかと云えば悪玉レスラーの役に甘んじることが多かった。
後日聞いた話だが、素顔がおとなしすぎて迫力が出ないのでマスクを被ったらしい。そもそも学校の教師からの転職であり、不良たちの更生にも関っていたらしい。いつか、インタビューで若者の再教育に関する悩みを打ち明けて、インタビュワーを困らせていた。
真面目な人であったのは間違いないらしい。アメリカではNWA、AWA、WWFと多くの団体を渡り歩き、悪役もやれば善玉を演じることもあったが、長きに渡り活躍した名レスラーであった。覆面レスラーでは珍しいと思う。
これはただ単に強いだけではダメで、人間として信用されていたからこそ出来たのだと思う。事実、多くのレスラーたちからタッグ・パートナーを頼まれていた。マードックやアンドレなどは、回顧録などでマスクド・スーパースターを絶賛していた。
その実績を買われてAWAのチャンピオンとして、長く北米で活躍して欲しいと頼まれたらしいが、彼は当時日本との関係を重視していたため断ったと伝えられる。義理堅く、信義を重んじる彼らしい選択だと思う。
そのためシングルのチャンピオンベルトとは縁がなく、AWAのベルトも三日天下であった。荒くれ者が多いプロレスラーの世界で、紳士の風格を持っていた稀有な人でもあった。
実を言うと、私は少し物足りなさを感じていた。もっと戦える人だと思っていたからだ。でも、彼は彼なりの人生観で、真面目にプロレスラーを演じていたのだろう。
彼が引退してみて初めて、彼の存在感に気がついた。こんな人、滅多にいませんよ。