のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『フィンランドのくらしとデザイン』2

2013-02-09 | 展覧会
2/3の続きでございます。

フィンランド版アーツ&クラフツな、手仕事感溢れるつくりの椅子やクッションカバー、そして「それ勢いで作ってみたけど後でシマッタヤッチマッタと思わなかった?」と問いたくなるような、ちょっと独特すぎる建築意匠を含むパネル展示などを挟みまして、通路の向こうに控えているのはトーヴェ・ヤンソンでございます。

日本初公開の油彩画2点というのは自画像と、『ファンタジー』と題された大判の作品でございました。雄大なモチーフに小ぎれいなまとまり方で、なんだか市民ホールの壁画の下絵みたいでございます。
しかしまあ、ここはやっぱりムーミンでございましょう。
原画10点余りのほか、フィンランド語の初版本がずらりと表紙を並べておりまして、可愛いけれどもほのぼの一辺倒ではないムーミンキャラのデザインの秀逸さ、彼らの個性や物語の世界観を表現する挿絵の絶妙さということを再認識したことでございました。
原作者自身が絵を描いているのだから、うまく表現されているのは当然だろうって。いやいや、そうとは限りません。エンデの手によるモモのイメージ画などは実になんともムニャムニャ。(エンデが描いたモモの絵は全集の口絵に載っております)

さて、木版画調に描かれて誇らしげに表紙を飾るムーミンパパや、雨の中をやって来るスナフキンになごみつつ進んで行きますと、満を持して現代の工業デザインのご登場でございます。5年前の『北欧モダン』展 でお見かけしたカラフルなグラスセットも展示されておりました。

まず見た目のかっこよさありきという姿勢ではなく、すべての人が快適に使えるように、という生活と実用を第一に考えるデザイン哲学ゆえでございましょうか。解説パネルの言葉を借りれば「森に解を訊く態度」ゆえでございましょうか。シンプルでありながらも決してぶっきらぼうではない、おっとりとした雰囲気を漂わせる椅子や食器や照明は、何とも言えない暖かみがございます。機能的でミニマルという点ではバウハウスの後輩といった位置づけになりましょうけれども、バウハウスほど禁欲的な感じはいたしません。(もちろんバウハウスはあの禁欲的なところがいいのですが。)

とりわけカイ・フランク氏が手がけられた食器類は、そのあまりのなにげなさ、恣意的な匂いのなさに、デザイナーとしてよくぞここまで”我”をなくせるものだと不思議な心地すらいたしました。すとんとしたかたちのグラスやピッチャーや深皿は、あたかも石ころや切り株のような、つまりそのかたちで存在しているるのが当たり前であるかのような、自然で慎ましい存在感をまとっております。
本展冒頭に置かれた絵画のセクションでは、個々の作品の個性の薄さにいささか物足りない印象を抱きもいたしましたが、モダンデザインにおいては「いかによけいなことをしないか」という点に心を砕くその姿勢が、人々が日々手にするであろう日用品に、それはそれは美しく結実しておりました。

最後にワタクシがもうショックと言っていいほどに感銘を受けたことに、1935年創業の家具メーカー、アルテック社による自社製スツールの再利用プロジェクトがございます。

Artek 2nd cycle

「2nd Cycle」、第二の生と名付けられたこのプロジェクトでは、放っておけば廃棄を待つばかりという古い椅子たち、蚤の市に出されたり、公共施設や個人宅の倉庫で眠っている椅子たちを、アルテック社がわざわざ買い取り、あるいは新品と交換して回収したのち、再びの利用に供するというものでございます。素晴らしいのはこのプロジェクトがただのリサイクル活動ではなく、「年代や来歴など、それぞれのスツールに固有な情報を特定したうえで、販売やリースを行う」ものであるという点でございます。

とりわけ注目すべき点は、それまでスツールを慈しんできた持ち主による、オリジナルとは異なる塗装やパーツ交換、ユニークな修繕を温かいまなざしで受け止め、それもまた、普遍的なデザインが社会に及ぼす「よき効果」の浸透と捉える発想だろう。曰く、「一見、古くて不格好なスツールは今、生まれてこのかた、もっとも美しく輝いて見える。」
解説パネルより

メーカーとしてはもちろん、大量生産・大量消費・使い捨て文化で新品をじゃんじゃん買ってもらう方が儲かるはずでございます。にもかかわらず、「もの」が経てきた歴史それ自体に価値を認めた上で、再びの利用に供するという、使い捨てひゃっはあな方向とは正反対のことを、いち民間企業がやっているわけです。
単なる経済的利益以上に、社会の持続可能性ということ、そしてそこから還元される無形の利益というものを射程に入れた経営理念に、ワタクシは本当に頭が下がるようでございました。

持続可能性といえば、アメリカのNGO、Fund for Peaceが毎年発表している「失敗国家ランキング」というものがございまして、内戦の続くソマリアやコンゴがトップに来る2012年版ランキングにおいて、フィンランドは177カ国のリストの一番下に位置しており、つまり最も失敗度が低く、持続可能性の高い国家と評価されております。2005年のダボス会議で発表された「環境持続可能性ランキング」では146カ国中これまた第一位、加えて子供の学力、国民の図書館利用率、そして報道の自由度も世界一ときております。うーんなんだかものすごい。

ちなみに2012年の「報道の自由度ランキング」では、原発関連の報道で透明性に欠けると批判された日本は去年の22位から53位へと急落したということは、皆様ご承知の通りでございます。
原発ついでに申せば、映画『10万年後の安全』で描かれているように、フィンランドは核廃棄物の最終処分の場所も方法も、現在の技術では最も妥当と考えられるシナリオに則って処理を進めております。といっても、結局のところ固めて埋めて蓋をする、ということしかできず、それだって安全が保障されているとは言い切れないわけですが。

東京新聞: 使用済み核燃料を埋設するフィンランドのオンカロは、日本に何を教えてくれるのか。

原発関連ではこんな動きも。

原発推進派の名を連ねたフィンランドの『利己責任の碑』 - 市民メディア[レアリゼ]

フィンランドの団体が来県 新規設置の反対訴え : とある原発の溶融貫通(メルトスルー)


つい話が「くらしとデザイン」から離れてしまったようでございます。
ともあれ、本展は美術やデザインのみならずフィンランドの歴史や文化、社会についてもっと知りたくなるような展覧会でございました。後日、図書館でフィンランド関係の本を手に取ってみたところ、拾い読みしたただけでも、住宅政策、社会福祉、刑罰、教育などに見られる成熟した人権意識に、またもやああと頭が下がる心地がしたのでございました。