のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

あいちトリエンナーレ・レポ6

2010-09-29 | 展覧会
さてお昼前に名古屋市美術館を出てから、またてくてくと30分ほど歩いて納屋橋会場へ。
こちらにはプロジェクターで大きく映し出された映像作品が多い中、こぢんまりとしたしつらえながらもいたく心に残った作品がございました。

せいぜい三畳かそこらの狭い部屋の片隅に、ごくありきたりな収納付きシンクが設置されております。その前にはちっぽけなテーブルと、シンクの方を向いてきちきちに並んだ椅子が二脚。ふと壁を見ますと、ブルガリアヨーグルトの化粧まわしをしめた琴欧州関の堂々とした全身写真がプリントされております。といってもおそらく、実物よりは3周りくらい小さめの。その向かいの壁には、短パンTシャツに化粧まわしならぬエプロンをしめた、見知らぬあんちゃんの全身写真が。頭と体のバランスから判断するに、こちらは実物もそんなに大きな人ではなさそうでございます。
シンクの上にはテレビが一台乗っておりまして、画面の中ではにエプロン姿のあんちゃん、即ちこの作品"Cultual mussaka"を制作したブルガリア出身のアーティスト、カーメン・ストヤノフ Kamen Stoyanov 氏が、身振りをまじえつつこちらに語りかけていらっしゃいます。

曰く、ブルガリアとオーストリアの国籍を持っているので、本トリエンナーレへの参加にあたって両国に助成を申請したところ、オーストリアは気前よくお金を出してくれたけれども、ブルガリアは国が貧乏なので助成金をもらえなかったこと。トリエンナーレの開会式にはブルガリア大使館の料理人が腕を振るって開会式の参加者にブルガリア料理をふるまうという計画だったけれども、大使館の経費節減のために料理人さんが急に解雇されてしまい、叶わなかったこと。その代わりに開会式にはストヤノフ氏自身が祖国の家庭料理を作って皆にふるまったこと。(「ムサカパーティー」で検索すると、参加された方々のブログやtwitterがヒットしてまいります。楽しそうおいしそうです)

こうした裏事情をなまった英語で語り終えた後、氏はおもむろに「ムサカ」を作りはじめます。作り方を説明しながら手際よく材料を炒めていくその様子はさながら料理番組でございます。
まずは玉ねぎ。にんじん、じゃがいも。ここでひき肉を入れます。料理とアートは似てるんだよ。ある程度炒めたら天板に移して。ソース作りはずっと弱火で。牛乳は少しずつ加えて。ここはちょっと難しいけど、前にも作ったことがあるから大丈夫。ムサカはおいしいし、栄養たっぷり。琴欧州も大好きなんだよ。
そして最後はオーブンで熱々に焼き上がったムサカをヨーグルトと一緒にお皿に盛って、完成。

大仰な「芸術」という言葉からはかけ離れたその映像を見ているうちに、何やらとてもなごやかな気分になってまいりました。こういう些細にして個別的な出会いこそ、異文化交流として最も有効なのではないかしらん。ここで観客が出会うものは家庭料理を作るというごく日常的な行為と、眉毛の濃いい小柄なあんちゃんという全く見知らぬ個人でございます。しかしこうした些細なものごとが、ブルガリアが誇る世界遺産の教会やブルガリアン・ヴォイスの合唱やブルガリア観光のお役立ち情報よりも、ワタクシをブルガリアという国へ心的にぐっと近づけました。

ある宗教や国籍や民族といった大きなくくりをの中にある集団を、十把一絡げにして嫌ったり憎んだり蔑んだりする向きはいつの時代でもあったことであり、残念ながら今もございますし、これからも無くなるとは思えません。しかしその集団の中に、自分と肯定的な出会いを果たした個人が一人でもいたなら、先方を何の留保もなく丸ごと憎むということには(少なくとも容易には)ならないのではないかしらん。
個人発信できるメディアがかくも増大している昨今、この作品との邂逅のような、ささやかなで肯定的な出会いの機会も増えているはずでございます。もちろんそれで経済的・政治的対立そのものが解消されるわけではございません。ただ、対立する相手集団の成員と、些細な、日常的な、肯定的な出会いを経験する人が多ければ、集団間の利害対立がいかに激しかったとしても、暴力の発動という決定的で取り返しのつかない一歩を踏み出すには至らずに済むのではないかと思うのですよ。

とまあ楽観的なことを考えながら名古屋駅へとてくてく歩いているつもりがどこかで曲がりそこねたらしく、気がつけば名古屋城の近くまで来ているではございませんか。帰りもラッシュに巻き込まれるのはどうでも避けたいので競歩選手の勢いで猛然と取って返し、駅の売店で職場へのお土産にきしめんパイをひっ掴み、かろうじて16:30の電車に滑りこみました。暮れ行く車窓の風景を時折眺めつつ『福翁自伝』の続きを読んで京都まで立ちづめ。ゆきっちゃんがお役人を口先三寸で丸め込み、塾の経営資金150両ふんだくったというくだりまで読んだ所で、拙宅もよりの花園駅に到着したのでございました。